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縞(しま)の合羽(かっぱ)に三度笠、手甲脚絆(てっこうきゃはん)に草鞋(わらじ)履き、長脇差(ながどす)を腰に差した忠次と文蔵は浮き浮きしながら、からっ風の吹きすさぶ中、北に向かって旅立った。
紋次親分は川田村(沼田市)の源蔵親分宛の添え状を二人に渡し、修行を積んで来いと送り出した。
源蔵も藤久保の重五郎と同じように相撲取りから親分になった男だった。茗荷松(みょうがまつ)という四股名(しこな)で江戸で活躍したという。
源蔵は忠次の噂を知っていた。
紋次の子分になったと言うといい親分さんを持ちなすったと歓迎してくれた。
忠次は知らなかったが、博奕打ちの間では忠次の評判は高かった。
まず、久宮一家の客人を国定村の忠次という若造が一刀の下に斬り殺したという噂が広まった。それだけなら、そんな噂はすぐに消えてしまっただろう。しかし、忠次を助けるために玉村の佐重郎親分が久宮一家と掛け合っているという噂が流れると、忠次とは一体、何者なんだと誰もが不思議に思った。さらに、国越えした忠次を大前田の栄五郎が匿ったという事も噂になり、忠次という男はただ者ではないと誰もが思うようになっていた。
源蔵も噂の忠次には興味を持っていた。
百々(どうどう)村の紋次の所から忠次が来たと聞くと、直々に会い、忠次をジロジロと眺め、
「おめえが国定村の忠次かい、成程のう」と満足そうに一人うなづいた。
源蔵は忠次を気に入り、客人扱いした。居心地はよかったが、雪が降る前に越後(えちご)に行きたかったので、二人は川田村を後にした。
二人が越後を目指したのは用があったからではなく、ただ単純に海が見たかったからだった。文蔵の馴染みの飯盛女が越後生まれで、海の近くの村で育ったという。話を聞く度に、海が見たいと思っていた。忠次も海というものを知らないので、行ってみるかと軽い気持ちで賛成した。
越後に行くと言うと源蔵は長岡にいる合(あい)の川政五郎親分に紹介状を書いてくれた。
政五郎は上州邑楽(おうら)郡の生まれで、東海道、中山道、甲州街道と旅から旅へと流れ歩いて男を売って来た親分だった。今は長岡に落ち着いて一家を張っていた。
源蔵の言った通り、合の川政五郎は貫録のある親分で、ジロリと睨まれただけでも縮み上がってしまう程、凄みがあった。口数が少なく、めったに口をきかなかったが、
「おめえの噂は聞いてるぜ」と言ったのには忠次も驚いた。
旅の渡世人が各地からやって来ては一宿一飯の世話になるため、博奕打ちに関する噂はすぐに広まって行った。玉村の佐重郎と大前田の栄五郎のお陰で、知らないうちに忠次は名を売っていたのだった。
政五郎から添え状を貰って、二人は出雲崎(いずもざき)の勇次郎のもとに向かった。
勇次郎の父親、久左衛門は越後一の大親分と呼ばれた男だったが、四年前に捕まり、江戸送りとなって牢内で亡くなってしまった。その時、江戸で捕まった大前田栄五郎と一緒になり、栄五郎に最期を看取られたという。その後、栄五郎は佐渡島に送られ、島抜けした時、面倒を見たのが勇次郎だった。
忠次と文蔵は勇次郎に歓迎された。勇次郎は二十三歳と若く、いつも、年上の子分たちに囲まれていた。命令を聞く子分は大勢いたが、気楽に話ができる相手はいなかった。忠次と文蔵は勇次郎の客人になり、話相手となった。
「凄えなア」と文蔵は雪降る中、荒れ狂った黒い海を眺めながら、首を襟に埋めた。
「あいつもこんな寒(さみ)いとこで育ったんかな‥‥‥」
「凄えとこだな」と忠次も背中を丸めた。
「こんなとこで育ちゃア、芯が強くならア」
「おたねも強え女子(おなご)だ。どんな辛え目に会っても決してへこたれねえ」
「兄貴、佐渡島はこの海の向こうにあるんだんべえ」
「そうだ。大前田の叔父御はこの海を越えて島抜けしたんか‥‥‥大(てえ)したお人だなア」
二人は冬の荒海を眺めながら、出雲崎で新年を迎えた。
越後の冬は雪が多く、早く、故郷に帰りたかったが、越後と上州の国境は深い雪で埋まっていた。二人は毎日、新鮮な魚をつまみながら酒を飲んでは博奕を打って、村娘を口説いては夜這(よばい)を掛けたり、時には喧嘩をして暴れながら、雪が解けるのを待ち、三月の末にやっと、百々村に帰って来た。
忠次の命を狙っていた男の件は落着していた。
去年の暮れ、その男が百々一家にやって来て仁義を切った。殴り込みかと警戒したが、相手は一人だった。話を聞いてみるとその男は忠次が殺した野州無宿の兄弟分でも何でもなく、一度、旅の道連れになっただけの男だった。
久宮一家に草鞋を脱いだ時、野州無宿を知っていると言ったら、急に態度が変わり、兄弟分みたいなものだったと言ったら、待遇まで変わった。相手は死んでしまったし、嘘を言っても分かるまいと兄弟分に扮していた。客人扱いされていい気になっていたら、忠次が上州に戻って来た。こいつはまずいと思っているうちに、仇討ちの話がどんどん進んで行って、恐ろしくなって逃げて来たという。
その男は紋次から草鞋銭を貰って、西の方に旅立って行った。
旅から戻った忠次は四月の半ば、半年振りに国定村に帰った。流行縞(はやりじま)の袷(あわせ)に長脇差をぶちこみ、腰に洒落(しゃれ)た煙草入れを下げ、肩で風切って得意気に歩いていた。
「あれ、おめえ、忠次じゃねえか?」と誰かが慣れ慣れしく叫んだ。
振り返ると田部井村の嘉藤太がいた。
嘉藤太とは年中、喧嘩をしていたが、久し振りに会うと懐かしかった。嘉藤太も同じ思いらしく、ニコニコしていた。
「旅に出たって聞いたが帰(けえ)って来たんか?」
嘉藤太は長脇差を腰に差し、懐手(ふところで)で忠次の姿を眺めていた。
「ああ、参ったぜ。越後は雪が多くてな。雪解けを待って、やっと帰って来たんだ」
「そうか、そいつア大変(てえへん)だったな。雪の越後か、寒いだんべえな」
「寒いなんてもんじゃねえ。何もかも凍っちまうぜ」
「それでも博奕はやってんだんべえ」
「まあな、出雲崎の親分が若えがいい親分でな、飲み食いには不自由しなかった」
「女子(おなご)もじゃねえんかい? 越後の女子は情が深えって言うぜ」
「まあ、たまにはな。あんだけ寒けりゃ、女子なしじゃア寝られねえ」
「この野郎、いい思いしやがったな」と嘉藤太は懐手のまま、肘で忠次を突つくと笑った。
「なに、それも修行よ」と忠次も笑った。
「ところでな、俺アおめえの帰りを待ってたんだ」
「その話は清五から聞いたぜ。一家を張るのはもうちょっと待ってくれ」
「いや、その話じゃねえんだ」
「違うのかい。それじゃア、何でえ?」
「おめえ、ゆっくりできんのか?」
「まあな」
「一度、うちに帰るんだんべえ?」
「まあ、そうだが」
「その後でいいから、うちに寄ってくんねえか。そん時、話す」
「何でえ、改まって」
「大事(でえじ)な話なんだ。おめえにとってもいい話だ。絶対に来てくれ」
何の事だか分からなかったが、嘉藤太の表情は真剣だった。余程、大事な事だろうと忠次は訪ねる事を約束した。
意気込んで帰って来た忠次だったが、自分の家の前に立つと急に気弱になり、長脇差を門の脇に隠してから家に入った。
養蚕が始まり、母親もお鶴も忙しそうに働いていた。
忠次の顔を見ると母親はゆっくりとやって来て、裏庭に誘った。
井戸で手を洗うと、
「とうとう、博奕打ちになっちまったようだね」と額の汗を拭いた。
「おまえが人様を殺(あや)めた時から覚悟はしていたよ。ただね、お鶴が可哀想だ。お鶴はよくやってくれるよ。おまえが人様を殺めた後、あたしはお鶴におまえと別れてもいいって言ったんだよ。でもあの子は、おまえを待ってるって言ってくれた‥‥‥お鶴を泣かせるような事はするんじゃないよ」
「うん‥‥‥」
「それにね、弱い者いじめだけは絶対にするんじゃないよ。いいね?」
「分かったよ」
「お鶴を呼んで来るからね、よく話し合うんだよ」
母親の後ろ姿を見送りながら、忠次は心の中で詫びていた。
お鶴は口をとがらせて怒った顔でやって来た。
じっと忠次を見つめ、
「どこ行ってたのよ、このバカ」と言うと急に泣き出した。
「あたしは博奕打ちのおかみさんになりたくて、お嫁に来たんじゃないわよ」
「分かってる。でも、仕方ねえんだ。俺にゃア堅気な暮らしはもうできねえ」
「いやよ、いや、いや」
お鶴は忠次の胸を叩きながら泣いていた。
「俺は必ず、親分になる。そうなりゃ、おめえは姐(あね)さんだ。子分たちの面倒を見てやってくれ」
「いやよ、そんなの」
「そう言うな。おめえなら立派な姐さんになれるぜ」
「あたしは普通のおかみさんでいいのよ」
「そんな事言うな。俺はしばらくは百々村にいる。もう長旅にも出ねえから、ちょくちょく顔を出す。お袋の事を頼んだぜ」
「もう、行っちゃうの?」
「さっき、田部井の嘉藤太と会ったんだ。奴が話があるってんでな、ちょっと行って来らア。どうせ、昔の仲間を集めて、酒を飲むんだんべえ。久し振りにみんなとも飲みてえしな。遅くなるかもしれねえが帰って来るぜ。久し振りにおめえを抱きてえしな」
「嘉藤太さんちに行くの?」
「ああ」
「駄目よ。行っちゃ駄目」
「何言ってやがんでえ」
「ねえ、絶対に行かないで」とお鶴は忠次に抱き着いて来た。
「待ってろ。すぐ、帰って来らア」
忠次はお鶴の口を吸うと、
「夜が待ち遠しいぜ」と飛び出して行った。
昔の仲間が集まっていると思ったが、嘉藤太の家は静かだった。
以前はあちこちが壊れ、障子(しょうじ)や襖(ふすま)は破れたままだったのに綺麗になっている。忠次が帰って来たら、一家を張るように家を直したと富五郎が言っていたのは本当のようだった。
嘉藤太の家は田部井村の名主、小弥太の親戚で、村でも裕福な農家だった。ところが、嘉藤太が九歳、妹のお町が六歳の時、両親が相次いで亡くなった。二人は小弥太に引き取られて育てられたが、嘉藤太は十四、五歳の頃より博奕を覚えて、身代(しんだい)を潰してしまった。
お町は小弥太の養女となり、読み書きや裁縫などお稽古事を習い、名主の娘として育てられた。そして、伊与久村の私塾、五惇堂(ごじゅんどう)の教授の伜のもとに嫁いで行った。
土地を失った嘉藤太は百姓に戻る事もできず、相変わらず賭場通いをして暮らしていた。
「おう、よく来てくれたなア。まあ上がりねえ」
嘉藤太は嬉しそうに忠次を迎えた。
「ほう、景気よさそうじゃねえか?」
忠次は床の間に掛けられた立派な掛け軸を眺めた。よく分からないが値打ち物のようだった。
「なあに、俺にゃア博奕しかねえからよお、久宮一家の賭場に出入りして、稼がせてもらってるんさ。旦那衆を御案内したりしてな」
「そうか。たまには境の方にも出て来いよ。損はさせねえぜ」
「そいつはありがてえ。百々村の親分さんはどうでえ?」
「いい親分だぜ」
「おめえも渡世人の貫録が出て来たな。大前田の栄五郎親分んとこに匿われていたなんざ、大(てえ)したもんだ」
「なあに、成り行きさ」
「とんでもねえ。もし、俺がおめえと同じ事をやったとしても、玉村の親分や栄五郎親分なんて出て来やしねえ。今頃は凶状(きょうじょう)持ちの旅を続けてるだんべえよ。おめえはきっと立派な親分になると俺は見たぜ。おめえが一家を張る時はこのうちを使ってくれ。俺は喜んで、おめえの子分になるぜ」
「おめえさんは俺より三つも年上なんだぜ。子分になんかできるけえ」
「今更、何を言ってるんでえ。おめえはいつも五分(ごぶ)の立場で俺に刃向かって来たじゃねえか。今頃、年上だのと言っても遅えぜ」
「それはおめえさんがお町との仲を台(でえ)なしにしたんで憎くってしょうがなかったからさ」
「すまなかったな。ところで、おめえ、今でもお町の事が忘れられねえのか?」
「何言ってんでえ。嫁に行っちまった女子(おなご)なんか未練はねえぜ」
「そうだよな。でもよう、もし、お町が離縁して戻って来たら、どうする?」
「そんな事アありえねえ。馬鹿らしい」
嘉藤太は意味ありげに笑った。
「お町が、お町が帰って来たんか?」
忠次は目を丸くして聞いた。
嘉藤太はうなづいた。
「ほ、本当か?」
「ああ、帰って来た」
「一体(いってえ)、いつの事でえ?」
「もう半年も前だ」
「半年だと? 半年ってえと俺が武州から戻って来た頃か?」
「おめえが百々村の親分の子分になった、すぐ後だ」
「どうして、離縁なんかしたんでえ?」
「それがよく分かんなかったんさ。姑(しゅうとめ)と大喧嘩して追い出されて来たって言うだけで何も言わねえ。毎日、じっと家に籠もりっ切りだったんだ。名主さんも世間体があるから、体の具合が悪くなって養生してるって言うだけで、俺にも会わせてくれなかった。それがこの間、ひょっこり、このうちに帰って来てな、俺にわけをすべて話してくれたのよ。驚いたぜ、俺ア。まったく、ぶったまげた。離縁した理由ってえのはよお、何と、おめえの事だったんだぜ」
「俺の事?」
「そうさ、おめえさ。お町はおめえに惚れてんだとよ。おめえに会いたくてしょうがなくなって離縁して来たと抜かしやがった。思い込んだら一途(いちず)というか、お町があんなに強え女子(おなご)だったとは俺は見直したぜ」
「お町が俺に惚れてる? 嘘を言うねえ。惚れてんならどうして、嫁になんか行ったんでえ?」
「お町はな、名主さんのお屋敷で大事(でえじ)に育てられて、世間なんて何も知らねえおぼこ娘だったのよ。名主夫婦に勧められれば、夢見るような気持ちで嫁に行ったに違えねえ」
「おめえさんは俺の悪口ばかり言ってたしな」
「すまねえ。あん時ゃア、俺もおめえを見る目がなかった。おめえんとこに嫁に行ったら、絶対に泣きを見るに違えねえと思ったんだ。だがよお、おめえにゃア度胸があった。おめえが名主さんを助けるために命を張って無宿者を斬ったと聞いてな、お町はおめえを好きだった事を思い出したんだとよ。お町が自分の意志で好きになったのはおめえだけだったんだ。けどな、俺が悪口を言ったんで、お町はおめえを嫌えになった。お町は名主さんに勧められるまま嫁に行った。夢のような気持ちで嫁に行ったが、実際は自分の夢とは掛け離れていたんだんべえ。お町は人の言いなりになった自分の愚かさに気づき、俺の悪口を信じて、おめえを嫌えになった事を後悔したんだ。おめえに対する思いが胸の中で燃え始めたが、お町は名主さんや世間体の事を考えて、じっと我慢してたんだ。おめえが戻って来なかったら、お町はずっと我慢し続けたに違えねえ。だが、おめえは帰って来た。しかも、伊与久村の目と鼻の先の百々村にやって来た。もう、お町の我慢も限界に来たんだ。おめえに会いてえという気持ちが押さえられず、姑と大喧嘩して出て来たんだよ。詳しくは知らねえが、渡世人張りの啖呵(たんか)を切っておん出て来たらしいぜ」
「お町が帰って来たんか‥‥‥」
「奥の座敷で待ってるぜ」
嘉藤太は顎(あご)で示した。
「遅すぎる。俺にゃア女房がいるんだ」
「お町もその事は知ってるさ。知ってはいるが、おめえに会いたくて飛び出して来たんだぜ」
「女房と別れろと言うのか?」
「別れられんのか?」
「そいつは難しい」
「まあ、とにかく、会ってやってくれ」
忠次は奥座敷に行った。
お町がしょんぼりと待っていた。
顔を上げて、忠次を見ると微(かす)かに笑った。
着ている着物は娘時代のように派手ではなかったが、その笑顔は昔のままだった。眉もちゃんとあるし、鉄漿(かね)(おはぐろ)も付けていなかった。
「やあ」と忠次は言って、お町の向かいに腰を下ろした。なぜか、自然とかしこまって正座してしまった。
お町は三年前よりも美しくなっていた。苦労したとみえて、少し痩せたような感じだったが、返って、色っぽく艶(あで)やかになっていた。
一目、見た瞬間、もう二度とお町を離したくはないと忠次は思った。
「お久し振りです」とお町は目を伏せながら、恥ずかしそうに言った。
長いまつげが震えていた。
「ああ。もう会えねえと思ってたぜ」
忠次はお町を眺めながら、胸が高鳴るのを感じた。まるで、ガキの頃に戻ったかのように胸がドキドキしていた。
「ごめんなさい」
お町は顔を上げて、忠次を見つめた。
「会いたかったぜ」
忠次もお町を見つめた。
「本当?」
「本当さ‥‥‥おめえの事を一時も忘れた事はねえ」
「バカだったわ、あたし。あなたのお嫁さんになってればよかった‥‥‥」
「今からでも遅くはねえ」
「ダメよ、もう、遅いわ。でも‥‥‥」
「いや、遅くはねえ」
「だって、おかみさんがいるじゃない。今井村の小町って言われてた綺麗な人なんでしょ」
「そんな事アねえ。おめえのが上だぜ」
「別れられるの?」
「おめえのためなら別れるさ」
「嬉しい‥‥‥」
お町の大きな目から涙がこぼれ落ちた。
「なんか、照れくせえなア。まさか、おめえと会えるなんて夢でも見てるようだぜ。どうやら、俺にも運が向いて来たようだ。まず、一杯やろうじゃねえか。素面(しらふ)でおめえに見つめられたら、俺アどうにかなっちまいそうだぜ」
お町は涙を拭くと嬉しそうに笑った。
「おめえの兄貴も粋(いき)な事をしてくれるぜ」
「お酒の用意しますわ」
お町は部屋から出て行った。
忠次は夢なら覚めてくれと、頬を思い切りたたいた。
お町に会えた喜びが込み上げて来て、知らずに飛び上がっていた。嘉藤太に礼を言おうと思ったが、嘉藤太はいなかった。
その夜、二人は酒を飲みながら、離れていた三年間の事を語り合い、過ぎ去った三年の月日を取り戻すかのように激しく抱き合った。