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2017.10.24 -
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忠次の生きた時代背景

2009.03.29 - 創作ノート
文化 7年 (1810) 忠次、国定村に生まれる。
文化 8年 (1811) 式亭三馬の『浮世床』の初編が刊行される。
文化 11年 (1814) 曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』第一輯が刊行される。
文化 13年 (1816) 浦賀にイギリス船、渡来する。
文政 3年 (1820) 江戸の戯作者、十返舎一九、吾妻郡草津村の俳人、黒岩鷺白を訪れる。
文政 4年 (1821) 貞然、長岡家の菩提寺、養寿寺の住職となり、寺子屋を営む。
文政 5年 (1822) 吾妻郡内の商人ら、同郡大戸村の加部安左衛門の手先商人となり、繭、麻、煙草などを集荷する。
文政 8年 (1825) 江戸中村座で『東海道四谷怪談』が初演される。
文政 9年 (1826) 幕府、無宿者・農民・町人の長脇差携帯を禁止する。
文政 10年 (1827) 幕府、関東全域の取締り強化のため、取締出役の下に改革組合村を設置する。
文政 11年 (1828) 館林藩士、生田万、藩領外に追放され浪人となる。
          幕府、シーボルトを長崎出島に幽閉する。
          武州久下村出身の蘭医、村上随憲、上州境宿で開業する。
文政 12年 (1829) 葛飾北斎、『富嶽三十六景』を描く。
天保 元年 (1830) おかげ参りが大流行する。
天保 3年 (1832) 鼠小僧次郎吉、江戸小塚原で処刑される。
          天保の飢饉が始まる。
天保 4年 (1833) 歌川広重、『東海道五十三次』を描く。
          諸国、飢饉となり、各地に打ち壊しが起こる。
天保 5年 (1834) 国定忠次、島村の伊三郎を殺す。
天保 7年 (1836) 諸国、飢饉となる。奥羽は最も甚だしく死者十万に及ぶ。
天保 8年 (1837) 大坂町奉行所与力、大塩平八郎、大坂で乱を起こす。
          生田万、越後国柏崎の陣屋を襲撃して自刃する。
          徳川家慶、十二代将軍となる。
天保 10年 (1839) 幕府批判等により、渡辺華山・高野長英が捕らえられる。
          水野忠邦、老中筆頭となる。
天保 11年 (1840) イギリス・清国間にアヘン戦争が起こる。
          遠山金四郎、江戸北町奉行になる。
天保 12年 (1841) 幕府、天保の改革を始める。
          関東取締出役に臨時取締出役二十六人が加えられる。
天保 13年 (1842) 幕府、人情本を禁じ、為永春水・柳亭種彦を処罰する。
天保 14年 (1843) 水野忠邦、老中を罷免される。
弘化 元年 (1844) 江戸城本丸焼失する。
          水野忠邦、再度、老中筆頭になる。
弘化 2年 (1845) 幕府、浦賀に砲台を築く。
          水野忠邦、病気を理由に老中を辞職する
弘化 4年 (1847) 善光寺大地震。
嘉永 元年 (1848) 幕府、信州松代藩の佐久間象山に洋式野鉄砲を造らせる。
          外国船、頻繁に渡来する。
弘化 2年 (1849) 関東取締出役が増員され、三地域分担制が拡大される。
弘化 3年 (1850) 国定忠次、大戸で処刑される。
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