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2017.06.27 -
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8 襲名披露は派手にやろうぜ

2008.07.07 - 侠客国定忠次一代記

 代貸の新五郎はじっと我慢しろと言ったが、文蔵と忠次に我慢している事などできるはずなかった。何かをしなければいられなかった。

 二人は木崎宿に遊びに行くと言っては出掛け、三ツ木村の文蔵の家で旅人(たびにん)姿に着替えると、手拭いで顔を隠して島村一家の賭場を荒らし始めた。百々村から比較的遠い、利根川の向こう側、武州の中瀬河岸(なかぜがし)から始めた。二人だけでやるので、大きな賭場は襲えない。伊三郎の子分たちが村々で開いている小さな賭場を狙った。しかし、捕まれば簀巻(すま)きにされて、利根川に流されてしまう。失敗は絶対に許されなかった。小さな賭場とはいえ、素人衆の賭場よりも多額の銭が動いている。一回の賭場荒らしで簡単に二、三両の稼ぎがあった。二人は稼いだ銭を無駄使いせず、島村一家との出入りの時に使おうと蓄えて置く事にした。

 中瀬河岸で一回、前島河岸で一回と順調に行き、調子に乗った二人は、伊三郎の子分たちは腰抜け揃いだと再び、利根川を渡って中瀬河岸に出掛けた。

 梅雨明けの暑い日だった。セミがやかましいくらいに鳴いている。賭場を開いていそうな所を当たってみたが、警戒しているのか、どこでもやっていなかった。

 半ば諦め、賑やかな表通りをウロウロしているとニヤニヤした顔の伊三郎の子分に声を掛けられた。近くの河岸問屋の離れで賭場が開かれているので遊んで行かないかと言う。

 二人は顔を見合わせ、文蔵はうなづいたが、忠次は首を振った。文蔵は忠次の返事など構わず、さっさと案内させた。忠次も子分たちに背中を押されるように賭場へと向かった。

 川べりに建つ離れに案内すると子分たちは二人の三下奴に頼んだぜと言って、引き上げて行った。三下奴は小腰をかがめて、長脇差を預けてくれと言った。

 文蔵はうなづき、長脇差を腰から外したが、三下奴には渡さず、刀の柄(つか)で三下奴を殴ると土足のまま中に飛び込んで行った。忠次もこうなったら文蔵に従うほかなく、もう一人の三下奴を殴って、文蔵を追った。

 薄暗い家の中では百日蝋燭(ろうそく)に照らされて、十人余りの旦那衆が博奕に熱中していた。代貸、中盆、壷振りと三人が揃い、出方の若い衆も四、五人いる。思っていたよりも大きな賭場だった。チラッと見ただけでも、盆の上に漆(うるし)塗りの上駒(じょうごま)がいくつも張られていた。二、三十両は動いているに違いなかった。

 文蔵と忠次が長脇差を持ったまま、賭場を見ていると、

「なんでえ、おめえらは?」と若い衆が睨みながら寄って来た。

 この場から無事に逃げるには代貸をたたっ斬るしかないと忠次は思った。文蔵も懐に手を入れ、手裏剣を握っている。久し振りに大暴れしてやると覚悟を決めた。

 ところが、文蔵は、

「どうも、失礼いたしやした」と頭を下げると逆戻りしてずらかってしまった。

 入り口で気絶していた三下奴が大声で、

「賭場荒らしだ!」と騒ぎ出した。

 忠次は長脇差を抜いて逃げようとしたが、刀を抜く前に若い衆に捕まり、外に放り出されてメチャメチャに殴られた。

「おい、てめえらだな、この前(めえ)、賭場荒らしをして銭をかっさらって行きやがったんは?」

 代貸が忠次の顔を雪踏(せった)で踏み付けながら怒鳴った。

「そんな事ア知らねえ!」と忠次は叫んだ。

「間違えねえ。手拭いでほっかむりした二人組だ」

「違う、関係ねえ、俺じゃアねえ」

「強情な野郎だ。どうせ、てめえの命はねえんだぜ。おい、三下、てめえはどこのどいつだ?」

 若い衆が忠次の手拭いをむしり取った。幸い、忠次の顔を知っている者はいなかった。

「おい、死ぬ前に名を名乗ったらどうでえ。墓もおっ立てられねえじゃねえか。もっとも、おめえの墓を立ててくれる奴がいたらの話だがな」

 若い衆が忠次を見下ろしながら、ゲラゲラ笑った。

「武州無宿の国次郎」と忠次は出まかせを言った。

 死ぬ前に本名を名乗りたかったが、新五郎の言葉が思い出され、紋次親分に迷惑を掛けるわけにはいかなかった。

「武州のどこでえ?」

 代貸が忠次の腹を蹴飛ばした。

「藤久保だ」と忠次は答えた。

「藤久保だと? てめえは獅子ケ嶽(ししがたけ)(重五郎)んとこの三下か?」

「違う。三下なんかつまんねえから、飛び出して来たんだ」

「へっ、三下修行も勤まらねえ半端者(はんぱもん)が、生意気(なめえき)な真似するんじゃねえ。簀巻きにして放り投げろ」

 忠次は両手、両足を縛られ、猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、さらに筵(むしろ)で簀巻きにされた。

 畜生、死にたかアねえよお‥‥‥

 死ぬ前にお町に会いてえ‥‥‥お鶴にも会いてえ。

 くそっ、俺ももう終わりかよ‥‥‥こんな事で死んじまったら、ほんとに情けねえぜ。

「福田屋の親分さん、とんだみっともねえとこをお見せしてしまって」と代貸が言っていた。

 福田屋の親分の事は紋次親分から聞いた事があった。

 紋次の兄弟分で月田村の栄次郎といい、大前田村の栄五郎と一緒に久宮一家の先代の親分を殺して国越えしていたが、玉村の佐重郎の仲介で国に戻る事ができ、今は前橋で旅籠屋をやりながら、十手も預かっているとの事だった。

 忠次は顔を上げて、栄次郎を見た。

 噂通りの貫録のある親分だった。自分もあんな親分になりたかったが、もうかなわぬ夢となってしまった。忠次は覚悟を決めて、目を閉じた。

「藤十(とうじゅう)さんよ。その若え者、俺に預からせちゃアくれねえかい?」

「えっ、親分さんがこの野郎をですかい? こいつは初めてじゃねえ。あっちこっちで悪さしてやがる。生かしといちゃア、渡世人(とせえにん)の恥になりますぜ」

「まあ、そう言うねえ。たったの二人で、この賭場を荒らそうたア大(てえ)した度胸じゃねえか。ここんとこは太っ腹になって見逃しちゃアくれねえか。利根川で土左衛門(どざえもん)が上がりゃア、島村の親分さんに面倒を掛けなくちゃなるめえ」

「へえ、親分さんがそこまで言うなら、好きなようになさってくだせえ」

「ありがとうよ。今日はわけありでな、殺生はしたかアねえんだ」

「そうだったんですかい。おい、三下、福田屋の親分さんにお礼を言うんだ」

 そう言うと代貸は忠次を思い切り蹴飛ばして、家の中に入って行った。

 円蔵と呼ばれた栄次郎の連れが縄をほどいてくれ、忠次は生き返った。

「ありがとうございました。俺は‥‥‥」

 本名を名乗って、大前田の栄五郎に世話になった事も言おうとしたが、必死で堪(こら)えた。誰が聞いているとも限らないので、武州無宿の国次郎のまま、福田屋栄次郎にお礼を言った。

「親分さんがいてよかったな」

 円蔵が傷だらけの忠次を見ながらニヤリと笑った。

 年の頃は三十前後で、栄次郎の代貸のようだった。

「名を売りてえのは分かるがな、無茶な事をするんじゃねえ。藤久保の親分さんはいい親分さんだ。もう一度、三下修行を積んで、やり直すんだ。分かったな?」

「へい‥‥‥」

「国次郎とか言ったな」と栄次郎が言った。

「おめえ、三下奴には見えねえぜ。死に際の度胸は大したもんだ。覚悟を決めたのかい?」

「いえ、ただ、諦めただけです」

「世の中、そう簡単に諦められるもんじゃねえ。まして、おめえの若さで覚悟を決めるなんざ、なかなかできるもんじゃねえぜ。まあ、これに懲りて、命を無駄にするんじゃねえよ。俺は前橋で福田屋ってえ旅籠屋をやってる。困った事があったら、訪ねて来るがいい」

 福田屋栄次郎と円蔵は賭場に戻った。

 忠次が帰ろうとすると、円蔵が忠次の長脇差を返してくれた。忠次は深く頭を下げた。

 顔は腫れ上がり、体中が痛くて、とぼとぼと歩いていると文蔵が後ろから追って来た。

「へっ、運のいい野郎だぜ」

 文蔵がヘラヘラ笑いながら、忠次の顔を覗いた。

「兄貴、ひでえぜ」

 忠次は文蔵を睨むと、フンと鼻を鳴らした。

「すまねえ。まさか、あんな大それた賭場だとは思いもしなかった」

「俺にとっちゃア、兄貴がずらかった方が以外だったぜ」

「おめえ、やる気だったのかい?」

「一暴れしなけりゃ逃げられねえと思ったんだ」

「まあな。だがよ、あそこで長脇差を抜いたら、二人共殺されてたぜ。まあ、無事でよかった」

「無事じゃねえ。あちこち傷だらけだ」

「しばらくはやめといた方がよさそうだな。しかし、武州無宿の国次郎とはよく言ったもんだ」

「聞いてたのかい?」

「ああ、簀巻きになったおめえを助けようと思って隠れてたのよ」

「見捨てたわけじゃなかったんだな?」

「当たり前よ。兄弟分を見捨てる程、薄情じゃねえぜ」

「俺も兄貴が助けてくれると思っておとなしくしてたのよ」

「このまま、帰ってもつまんねえ。木崎で遊んで行くべえ」

「いや、俺はお町んとこに行くぜ」

「へっ、また、お町か。余程、いい女子らしいな。一度、拝んでみてえぜ」

「そのうちな」

 二人は文蔵の家で普段着に着替えると、それぞれ、女に会いにすっ飛んで行った。

 それから二十日が過ぎ、賭場荒らしを再開しようと文蔵が忠次に言い始めた頃だった。

 その日は市の立つ日で、伊勢屋の賭場の準備で朝早くから忙しかった。辰(たつ)の刻(午前八時)過ぎになって、代貸の新五郎の姿が見えないと中盆の岩吉が騒ぎ出した。忠次と文蔵は新五郎の女、お仙の家まで迎えに行った。

 居酒屋の奥が住まいになっているので、居酒屋から入ろうとしたが入り口は開かなかった。

「賭場の事も忘れて、兄貴はお仙さんとしっぽり濡れてるんじゃねえのか」と二人は笑いながら、裏に回った。

 代貸と呼んだが返事はなく、戸を開けて中に入ると、家の中はメチャクチャに荒らされていた。

 シーンと静まり、人のいる気配はなく、何か異様な臭いがした。

「どうなってんだい、この有り様は?」と忠次が言うと、文蔵が突然、妙な声を上げてひっくり返った。

「て、大変(てえへん)だ」と文蔵が部屋の中を指差した。

 部屋の中を覗くと畳が汚れていて、その上に首をくくって、ぶら下がっているお仙の無残な姿があった。髪はクシャクシャに乱れ、目の玉が飛び出し、着ている浴衣もはだけ、帯で首をくくっていた。

 新五郎はお仙が自殺した事を知っているのか知らないのか、結局、賭場には姿を現さず、その夜のお仙の通夜にも顔を見せなかった。

 翌日の朝、境の宿場役人が紋次の所に来て、世良田の村はずれで死体が見つかったが、新五郎らしいので確認してくれと言って来た。紋次は岩吉を連れて出掛けて行った。

 留守を命じられた文蔵と忠次はイライラしながら、親分の帰りを待っていた。

「くそっ、伊三郎の仕業に間違えねえ」と文蔵は眉間にしわを寄せながら手裏剣を投げた。

 手裏剣は勢いよく、柱に突き刺さった。

「奴は子分どもを使ってお仙さんに乱暴して、代貸を怒らせたんだ」

「昨夜(ゆうべ)、俺たちが飲んでた時、隣りにいた百姓風の四人組に違えねえぜ。奴らは何となく、変だった。話もろくにしねえで、顔を背けるようにして酒を飲んでいやがった」

 忠次は苦虫をかみ殺したような顔して、団扇(うちわ)をあおいでいた。

「くそっ、代貸が帰って来るまで、もう少し待ってりゃ、こんな事にはならなかったんに」

「汚ねえ事をしやがる。許せねえ」と文蔵はまた手裏剣を投げた。

「兄貴、代貸がいなくなったら、一家はどうなっちまうんでえ?」

「とうとう、岩吉の兄貴だけになっちまった。俺たちが何とかしなくちゃなんねえ。伊三郎の野郎をこのまま、のさばらせておくわけにゃアいかねえ」

「伊三郎は殺(や)らなきゃなんねえが、下手をすりゃア代貸の二の舞えになるぜ。今のまんまじゃ駄目だ。腕の立つ奴を集めなくちゃなんねえ」

「そうか、おめえは本間道場に行ってたんだっけな。腕の立つ奴に心当たりがあるのかい?」

「ああ、何人かはな。ただ、今すぐってわけにゃアいかねえ。伊三郎の奴も今は警戒してるに違えねえ。奴が油断するまで待たなくちゃなんねえ」

「うむ、そうだな」

 二人は伊三郎の暗殺計画を密かに練っていた。

 憮然とした顔付きで帰って来た紋次親分は何も言わずに奥に入り、姐さんに当たりながら、やけ酒を食らった。一緒に行った岩吉に聞くと、現場は祇園(ぎおん)さんの裏辺りの桑(くわ)畑の中で、旅支度に身を固めた新五郎はなます斬りにされていた。傷痕からして、相手は一人ではなく、少なくとも二、三人はいたらしいとの事だった。

「兄貴、代貸の仇は討つんでしょうね?」

 文蔵が血走った目付きで岩吉に詰め寄った。

「仇を討つもなにも、相手が分かんねえ」と岩吉は文蔵から目をそらせた。

「相手は伊三郎の奴に決まってんでしょう」

「まあ、そうだんべえが‥‥‥」

「そうだんべえがじゃねえですよ。このまま、奴らを放っておいたら、百々一家はみんなの笑い物(もん)になっちめえます」

「そのくれえ俺にも分かってらア。だがよお、どうする事もできねえんだ。下手に動けば奴らの思う壷にはまっちまう。今の百々一家を潰すのはわけねえ事だからな。今はじっと我慢して、伊勢屋の賭場を守っていくしかねえんだ」

 岩吉は新五郎と同じような事を偉そうに言っていた。が、その夜、女を連れて夜逃げをしてしまった。新五郎の二の舞いを踏んで、自分の女を犯されるのを恐れたに違いなかった。

 新五郎が殺され、岩吉が逃げ、紋次の子分の筆頭は文蔵になってしまった。文蔵の下に忠次、保泉(ほずみ)村の久次郎、茂呂(もろ)村の孫蔵、山王道(さんのうどう)村の民五郎、八寸(はちす)村の才市、富塚村の角次郎、そして、三下奴の保泉村の宇之吉と上中(かみなか)村の清蔵だけとなり、一つの賭場を開くのが精一杯の人数になってしまった。落ち目になると賭場も以前のような活気はなく、雲助たちまでも集まらなくなってしまった。

 新五郎が殺されて三日後、伊三郎本人が十手を持ってやって来た。四人の子分を引き連れ、他に用心棒らしい浪人者もいる。忠次はその浪人者が新五郎をやったのに違いないと確信したが、伊三郎はとんでもない事を言い出した。

「おめえさんとこの代貸だった新五郎とかいう野郎を殺した下手人(げしゅにん)の目串(めぐし)がようやくついたぜ」

「捕めえたのかい?」

 紋次親分は青筋を立てながらも静かな声で聞いた。

「いや、まだだ。その事でおめえさんに聞きに来たのよ」

「ふん。話す事など何もねえ」

「そう言うな。おめえさんとこに小三郎とかいう若え者がいるらしいじゃねえか?」

「何を言っていやがる。小三郎はおめえさんとこに厄介(やっかい)になってんじゃねえのかい?」

「俺はおめえさんの子分の世話をする程、お人よしじゃねえぜ。その小三郎が新五郎を殺(や)った下手人だ。二人が争ってるとこを見たってえ奴がいるんだ」

「ふざけるねえ! もし、小三郎が殺ったんだとしたら、そいつは、おめえさんがそそのかしたんだんべえよ」

「何を見当違えの事を言ってるんでえ。俺は小三郎なんて野郎にゃ会った事もねえ。おめえさんが隠してねえかどうか聞きに来たんだ。小三郎は新五郎の女に色目を使ってたってえ評判だぜ。新五郎の奴はてめえの女を小三郎に寝取られて、頭に来て小三郎を殺しに行ったが、逆に殺されたってえ筋書きだ」

「うるせえ! でたらめほざくんじゃねえ」

「でたらめじゃねえ。丹念に調べあげた結果、小三郎が浮き上がったのよ。隠し立てをするとためになんねえぜ」

「汚ねえ真似しやがって‥‥‥さっさとうせねえとただじゃおかねえぞ」

「へっ、また来るぜ」

 伊三郎は薄ら笑いを浮かべながら帰って行った。

「くそっ! 塩を撒いとけ」

 紋次は大声で怒鳴った。と同時に崩れるように倒れ込んだ。

 当時、中風(ちゅうふう)と言われた脳卒中だった。二年前から境宿に開業していた蘭方医(らんぽうい)の村上随憲(ずいけん)という名医がいたため、一命は取り留めた。しかし、半身不随となり、しゃべる事も難しい状態となってしまった。

 紋次が倒れた事を聞いたのか、伊三郎はその後、何も言っては来なかった。百々一家が自然に消滅するのを待っているに違いない。親分が倒れてしまい、文蔵も気落ちし、もう、百々一家は終わりだと言い出し始めていた。

 落ち目になった親分を見舞う者も少なく、市日の賭場は文蔵が中心になって開いていたが、客の入りも減り、鉄火場というよりはお通夜のように陰気臭かった。

 時々、紋次の兄弟分が心配してやって来た。川田村の源蔵、八寸(はちす)村の七兵衛、それに、前橋から福田屋栄次郎もやって来た。この前、一緒だった円蔵を連れていた。

「あれ、おめえは‥‥‥」

 忠次の顔を見た円蔵がこの前の事を言おうとしたが、栄次郎に抑えられて口を閉ざした。

 見舞いが済んだ後、忠次は客間に呼ばれた。

「おめえがこんな所にいるとは、ぶったまげたぜ」

 栄次郎はニヤリと笑った。

「先日は命を助けていただき、どうも、ありがとうございました」

 忠次は深く、頭を下げた。

「武州無宿の何とか言ったな?」

「いえ、本当は国定村の忠次郎と申します」

「ほう、おめえが国定村の忠次かい。玉村の親分さんから噂は聞いてるぜ。そうかい、おめえが忠次だったのかい」

 忠次は四年前に人を殺してから、百々一家の子分になって、今日までのいきさつを栄次郎に話した。

「ほう、大前田の兄弟(きょうでえ)の紹介で、ここに来たのかい。この前(めえ)、中瀬で賭場荒らしをしたのは、島村の親分さんが憎かったからやったってえわけか?」

「へい。じっと我慢してる事ができなくて」

「そうかい。島村の親分さんの評判はいいが、おめえのいう通り、裏でそんな事をしてるとなると許しちゃアおけねえな。俺は旅をして、色んな親分を見て来たが、素人衆に評判のいい親分に限って、裏で何をしてるか分かったもんじゃねえ。島村の親分さんもその手の親分だったのかい。しかし、渡世人は実力の世界だ。取られたもんは実力を持って取り返すしかねえんだぜ」

「実力で取り返すんですか‥‥‥」

「生き残るにはそれしかねえ。大前田の兄弟がおめえをここに送り込んだんは、おめえを試すつもりだったんかもしれねえぜ」

「俺を試す?」

「おめえがどれ程の男かをな。百々一家を潰すも潰さねえもおめえ次第(しでえ)だって事さ」

「俺次第‥‥‥」

「そうだ、おめえ次第だ。やってみちゃどうでえ?」

「えっ、やるって何をやるんです?」

「この百々一家を見事、立て直してみせるのよ。ここまで来りゃア駄目で元々だぜ」

「俺が立て直すんですか‥‥‥」

「おめえならできるはずだぜ」

「忠次さんよ、あっしに手伝わせちゃくれねえかい?」と円蔵が口を挟んだ。

「はっ?」と忠次は円蔵を見た。

「忠次、こいつは野州(やしゅう)無宿、日光の円蔵と言ってな、俺んとこの客人だ。昔、山伏の修行を積んだらしくてな、兵法(へいほう)とかに詳しいぜ」

「兵法?」

「戦(いくさ)のやり方よ。島村の親分相手に戦をするには持って来いの男だぜ」

「えっ、戦をするんですか?」

「もう戦は始まってんだよ」と円蔵は言った。

「島村の親分が百々一家の幹部連中を引き抜いたのも戦の作戦の一つだ。相手を怒らせて、思う壷にはめるのも兵法なんだよ」

「へえ、そうなんですか‥‥‥」

 忠次は円蔵の顔を見つめた。

「兵法を使えば、島村の親分を倒す事も夢じゃねえぜ」

 円蔵は自信ありげにうなづいた。

「本当ですか?」

「ああ、本当だとも、まあ、考えてみてくれ。おめえさんがやる気になったら、手伝わせてもらうぜ」

 円蔵は意味ありげに笑った。

 一月経っても、紋次親分の症状はあまり芳(かんば)しくなかった。再起は絶望的で、親分の兄弟分である川田村の源蔵、八寸村の七兵衛、福田屋栄次郎の三人が相談し、親分の承諾を得て、百々一家の跡目を忠次に継がせる事に決まった。兄貴分の文蔵にも前以て知らせたらしく、文蔵は喜んで、忠次の子分になると言ってくれた。

「俺は親分ちゅう柄じゃねえや。読み書きもできねえしよお、第一(でえいち)、おめえは顔が広え。なあに、俺に遠慮はいらねえ。おめえが跡目を継いでくれえ。おめえのためなら命を張ってもいいぜ」

 忠次が一家の跡目を継ぎ、伊三郎相手に戦う覚悟を決めると日光の円蔵は忠次の客人となって留まる事になった。円蔵がそばにいてくれるので何かと心強く、伊三郎を相手に戦ってやろうじゃねえかと燃えていた。

「いいか、何事も初めが肝心だぜ」と円蔵は鋭い目付きで言った。

「忠次親分の存在を各地の親分衆に知ってもらうためにも、襲名披露(しゅうめいひろう)は派手にやった方がいい」

「そいつはいいや。襲名披露を派手にやろうぜ」

 文蔵が手を打つと、子分たちも皆、賛成した。

 そんな事まで考えてはいなかったが、伊三郎にやられっぱなしで、落ち目となった百々一家を盛り上げるには、パアッと派手な事をやるのが一番だと忠次も思った。

「しかし、円蔵さん、今の百々一家にゃア、そんな事をやる程、余裕はねえ」

 忠次は残念そうに首を振った。

「親分、銭ならアレを使えばいいじゃねえか、アレを」と文蔵が顎(あご)をしゃくった。

 文蔵はすっかり、忠次を親分呼ばわりしていた。文蔵が親分と呼ぶので、子分たちはみんな、忠次を兄貴から親分と呼ぶようになっていた。親分と呼ばれるのは気持ちよかったが、何となく照れ臭かった。

 文蔵が言ったアレとは賭場荒らしをして稼いだ銭だった。忠次もその事は考えたが、大勢の親分衆を呼ぶとなれば、そんな銭ではとても追いつかなかった。

「忠次親分、銭の事なら、あっしに任せておくんなせえ」と円蔵は笑った。

「福田屋の親分に頼めば、そのくれえの銭は何とでもなる」

「叔父御にそんな事を頼むわけには‥‥‥」

「なあに、親分の知らねえ事にしておくよ。親分はそんな小せえ事にこだわっちゃいけねえ。それにな、ここだけの話だが親分衆も手ぶらで来やしねえ。名の売れた親分ともなりゃ、半端(はんぱ)な御祝儀(ごしゅうぎ)を持って来たら恥になるからな」

 円蔵の指図で襲名披露の準備は着々と進んで行った。

 紋次の容体が少し良くなり、起き上がれるようになった八月の吉日、福田屋栄次郎の仲人(ちゅうにん)で跡目相続の儀式が盛大に行なわれた。

 集まった親分衆は忠次から見れば叔父御に当たる八寸村の七兵衛、川田村の源蔵は勿論の事、玉村宿の佐重郎、伊勢崎町の半兵衛、栄五郎の実兄で大前田一家の親分である要吉、太田宿の与左衛門、大笹村の寅五郎、木崎宿の孝兵衛、島村の伊三郎が顔を揃えた。

 伊三郎を呼ぶ事は忠次も文蔵も反対したが、

「そんなケツの穴の小せえ事じゃ、一家を張った所で、すぐに潰れちまうぜ。伊三郎なんか目じゃねえってえくれえの太っ腹になるんだ」と円蔵は言い切った。

 皆も、そうだ、そうだ、あんな伊三郎なんか目じゃねえと賛成した。

「奴がどれだけの御祝儀を弾むか見物(みもの)だぜ」

 文蔵がニヤッと笑った。

「奴は世間体を人一倍気にする。結構、見栄(みえ)を張るに違えねえぜ」

 忠次も鼻で笑った。

 さらに、武州から藤久保の重五郎と兄貴分の高萩の万次郎も呼んだ。大前田の栄五郎も呼びたかったが、尾張の方に行っていていなかった。それと渡世は違うが、香具師(やし)の親分である萩原村の不流(ふりゅう)三左衛門と館林町の江戸屋兵右衛門(ひょうえもん)も顔見せのために招待した。久宮村の豊吉にも一応、招待状は出したが来なかった。

 境宿の旅籠屋は各地から集まって来た親分衆で埋まり、町中をウロウロしていた伊三郎の子分たちは恐れをなして町から消えて行く有り様だった。

 伊三郎は木崎宿の孝兵衛親分と一緒に現れ、新五郎の一件などすっかり忘れたような顔をして、忠次の事を若えが立派な親分だと褒め、忠次が思った通り、五両もの御祝儀を置いて行った。忠次にしてみれば、そんな銭は欲しくはなかったが、亡くなった新五郎とお仙の香典(こうでん)だと思って素直に受け取る事にした。

 御祝儀の額を一々公表したわけではなかったのに、いつの間にか伊三郎の御祝儀の事が噂になり、さすがに伊三郎親分は太っ腹だと評判になった。伊三郎が自分で言い触らしたに違いなかった。伊三郎は五両もやれば、忠次が腰を抜かして驚くに違いないと思っていたが、五両もの御祝儀をくれたのは伊三郎だけではなかった。大前田の要吉親分は忠次と初対面なのにもかかわらず、八両もの御祝儀を弾んだ。

 要吉親分は目が不自由で、盲(めくら)の親分と呼ばれ、その噂は忠次も何度か聞いた事があった。実際に会って見て、弟の栄五郎以上に立派な親分さんだと感激した。伊三郎はあちこちで自分を宣伝して、堅気の衆の人気を集めていたが、要吉親分は何も言わずに、ただ、そこにいるだけで、誰もが大親分と呼ばずにはいられない不思議な雰囲気を持っていた。

 忠次は親分衆の見守る中、紋次親分から駒札と家宝の三尺近くもある長脇差というよりは太刀を譲り受け、二十一歳の若さで百々一家の二代目を襲名した。

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