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10 いい女だぜ、境名物の女壷振りは

2008.07.23 - 侠客国定忠次一代記

 忠次は伊勢屋の賭場に客を集めるため、まず、テラ銭(せん)を五分(ぶ)から四分にした。その噂は徐々に広まり、客は少しづつ戻って来た。

 伊三郎は忠次が四分デラで賭場を開いている事を知ったが、対抗して四分デラにはしなかった。しなかったというよりできなかった。伊三郎は代貸たちに賭場を任せ、テラ銭の上前を撥ねていた。それをカスリといい、伊三郎は五分デラのうち二分をカスリとして受け取っていた。四分デラにすれば、代貸の稼ぎが減ってしまうため、伊三郎としても無理に命令はしなかった。

 百々一家の場合は伊三郎のように賭場が多くないため、すべての賭場は親分の支配下にあった。テラ銭の七割は紋次のものとなり、残りの三割を代貸を初めとした子分たちで分配した。木島の助次郎や柴の啓蔵が紋次を裏切ったのも、テラ銭の分配にあった。紋次に七割持って行かれるよりも、伊三郎の代貸になって六割を貰った方がいいと考えたからだった。

 忠次の四分デラには対抗しなかった伊三郎も女の壷振りには対抗しないわけにはいかなかった。お辰の噂が広まると忠次の伊勢屋の賭場は客で溢れ、伊三郎配下の大黒屋、桐屋、佐野屋の賭場は閑古鳥(かんこどり)が鳴く有り様だった。

 伊三郎は自分の妾(めかけ)のうちでも一番若くて美しいお北という女に壷振りを仕込んで、大黒屋の賭場で壷を振らせた。しかし、賭場の雰囲気になれていないお北は極度に緊張してしまい、サイコロを壷に入れる事もできずに何度も失敗した。焦れば焦るほどボロを出し、仕舞いには泣き伏してしまった。最初の日は仕方がない、二度目からはしっかりやれと伊三郎は慰めたが、二度目、三度目もうまくはいかなかった。これじゃア勝負はできんと旦那衆は逃げてしまい、お北を見るための冷やかしの客ばかりが集まって来た。他所の親分たちの笑い物になる事を恐れた伊三郎は、すべての責任を代貸の助次郎のせいにして、大黒屋の賭場は閉めてしまった。

 そんな時、フラッと弁天のおりんが伊三郎のもとに草鞋(わらじ)を脱いだ。女とはいえ、渡世人として充分に貫録のあるおりんを一目見て、伊三郎は天に感謝した。伊三郎は桐屋の賭場でおりんに壷を振らせて、大成功を納めた。

 境宿のお辰とおりんの二人の女壷振りの噂は他国にまで鳴り響いた。おりんが弁天なら、お辰は吉祥天(きっしょうてん)だと言い出す者も現れ、いつしか、吉祥天のお辰という通り名が付いた。二人の天女見たさに各地から旅人が集まり、親分衆までもがわざわざやって来た。弁天と吉祥天のどちらが勝ったという事はなく、伊勢屋も桐屋もいつも客で一杯だった。

 おりんは市の立つ日は桐屋で壷を振っていたが、その他の日は伊三郎の代貸たちの賭場を巡って壷を振っていた。おりんが来たといえば、どこの賭場でも客が大勢集まった。伊三郎はおりんを最上級の客人として持て成し、身内にならないかと何度も誘った。しかし、おりんは一ケ所に落ち着くのは性に合わないと断っていた。

 おりんが伊三郎のもとにいる時、忠次は伊三郎と争う事を禁じ、地盤をしっかり固める事に力をそそいだ。特に国定村と田部井村の堅気の衆すべてを味方に付けるため、ちょっとした揉め事が起これば、すぐに飛んで行き、村のためになる事には進んで協力した。

 いつも騒ぎを起こしている文蔵がお辰に夢中になって、つまらない喧嘩をしなくなったのは都合のいい事だった。お辰の方はおりんに負けられないと壷振りに真剣になっているので、色恋沙汰には興味を示さなかったが、文蔵の事を嫌いではないようだった。忠次としても、二人は似合いの夫婦になるだろうと陰ながら見守っていた。

 おりんが帰って来たのは一年近く経ってからだった。半年位で島村一家の内情は大体分かり、離れようと思ったが、伊三郎が離してはくれなかった。おりんは女壷振りを育てるという条件で、さらに半年を伊三郎のもとで過ごした。以前、笑い物になったお北ともう一人、お峰という娘を立派な壷振りに育て上げた。お北は大黒屋で、お峰は桐屋で披露して、共に成功を納めた。

 おりんは伊三郎に別れを告げると田部井村の嘉藤太の家に草鞋を脱ぎ、調べあげた内容を忠次と円蔵に告げた。

「島村の親分はかなり評判のいい親分さんですよ」とおりんは二人を見て笑った。

「てめえじゃア決して手を汚さねえからな。汚ねえ事はみんな子分どもにやらせるんだ」と忠次は顔をしかめた。

「あら、そうなの‥‥‥そんな悪い人には見えなかったけど」

「おい、おめえ、長え事、伊三郎んとこにいて、奴に惚れちまったんじゃねえのか?」

 円蔵がおりんをジロッと睨んだ。

「何言ってんのよ。あたしはね、好きであんなとこにいたんじゃないのよ。あんたに頼まれたから行ったんじゃないのさ。そうじゃなかったら、あんなとこに一年もいやしないわ。さっさと逃げ出して来たわよ。まったく、人の苦労も知らないで、なにさ」

 おりんはツンとして、円蔵に背を向けた。

 円蔵は慌てて、

「分かった、悪かった。すまねえ」と謝りながら、おりんの機嫌を取った。

 怖い物知らずの円蔵もおりんには頭が上がらないらしいと、忠次はニヤニヤしながら、二人のやり取りを眺めていた。ようやく、おりんの機嫌が治ると円蔵は照れ臭そうに忠次に笑ってから、真顔に戻って、

「それで、どうなんでえ? 伊三郎の奴を潰す材料は見つかったんか?」とおりんに聞いた。

 おりんも照れ笑いをすると、

「それがね」と話し始めた。

「色々と調べてみたけど、親分さん自身には弱みは見当たらなかったわ。人を殺した事もないし、人から恨まれてるような事もないわ。利根川で働く船頭さんや人足たちにも信頼されてるしね。何でも、大雨の度に洪水する利根川を何とかしなくちゃならないって、みんなのために色々と考えてるみたいよ」

「おう、あっしもその話は聞いた事がある。福田屋の親分さんと島村を訪ねた時、自慢気に話してたっけ。しかし、口先だけじゃねえのか?」

「違うみたい。わざわざ、江戸から偉い先生を呼んで難しい相談してたわよ」

「ふうん。まあ、利根川が氾濫すりゃア、奴の本拠地の島村が一番危ねえ。村の者たちに何とかしてくれって頼まれたんだんべえ。川除けの普請(ふしん)が始まりゃア、大勢の人足(にんそく)どもが集まって来る。奴の賭場も大繁盛って寸法だ。それを当て込んでるに違えねえ」

「そうかしら?」

「そんな事より、弱みはまったくねえのかい?」

「そうねえ。唯一の弱みって言えば、女好きって事かしら」

「おい、おめえは大丈夫だったんだんべえなア」と円蔵がまた蒸し返した。

 再び、一波乱起きそうだと忠次は思ったが、おりんは大人だった。ニコッと笑うと、

「あたしにも色目を使ったけどね、親分は若い娘が好きみたい。今はお北に夢中よ。でもね、お北に隠れて、また、若い娘をどこかに囲ったみたいね」

「くそっ、すけべ野郎が‥‥‥」

「でもね、親分には弱みはないけど、島村一家には弱みがありそうよ」

「なんだ? そいつアどういう事でえ?」

「親分さんはね、島村の船問屋の息子さんなの。元々、お金持ちだし、大勢の船頭さんや人足たちを使ってるのよ。その力で利根川筋の親分たちを身内に引き入れて大きくなって来たの。木崎宿の親分さんと兄弟分になって、御用聞きにもなって、さらに勢力を広げたわ。小さな親分たちは伊三郎親分に逆らう事はできずに、傘下(さんか)に入るしかなかったのよ。傘下に入ればカスリは取られるけど、伊三郎親分を後ろ盾にシマを広げられると思ったの。実際にそうやってのし上がって来た代貸もいるわ。要するに島村一家は一つのようだけど、一つじゃないの」

「一つのようだけど、一つじゃねえ?」

 忠次はわけの分からない顔をして、おりんと円蔵を見比べた。

「本家と分家に分かれてんだな?」と円蔵が顎(あご)を撫でながら聞いた。

「そう。本家は島村にあって、伊三郎の直接の子分たちがいるの。伊三郎は自分では賭場を開かないで、自分とこの若い衆(しゅ)を各地の賭場に派遣してるの、見張り役としてね。分家っていうのは各地で賭場を開いてる代貸たちよ。伊三郎親分の下には九人の代貸がいるの。代貸とはいえ、小さな一家の親分と同じなのよ。代貸たちは伊三郎親分の子分に当たるけど、代貸たちの子分は伊三郎親分とはつながってはいないの。孫分みたいな関係なのよ」

「成程なア‥‥‥そういう組織なら、確かに弱みはあるな」

 円蔵は一人でうなづいていた。

「てえ事は、伊三郎がいなくなりゃア島村一家はバラバラになるってえ事だな?」

「多分ね。今の島村一家には伊三郎親分に代わって、代貸たちをまとめられるような人はいないわね」

「伊三郎を殺せば、島村一家は潰れるんですか?」

 忠次は不思議そうに聞いた。

「伊三郎がいなくなりゃア島村一家は潰れるだんべえ。だが、今、親分が伊三郎を殺しゃア、代貸たちが競って親分の首を狙うに違えねえ。親分の首を取った者が島村一家を継ぐ事になるだんべえな。今はまだ早過ぎる」

「どうやったら、境のシマを取り戻せるんです?」

「まあ、焦らず、じっくりとやる事だ。二、三年掛けてな」

「二、三年もですか‥‥‥」

「ああ、そうだ。伊三郎だけを殺しても駄目だ。伊三郎のシマをすべて手に入れなくちゃア殺す意味がねえ」

「伊三郎のシマ全部を手に入れる‥‥‥まさか、そんな芸当ができるんですか?」

「できるんですか、じゃなくて、あんたがやるんでしょ?」とおりんが忠次を指さして笑った。

「そうさ、親分がやるんだ。おめえさんなら、きっとできるぜ」

 伊三郎の代貸の中でも平塚(ひらづか)の助八と中島の甚助(じんすけ)は縄張りが隣り合っているため仲が悪かった。円蔵はその二人を喧嘩させる事を企(たくら)んだ。

 島村一家に顔を知られていない曲沢の富五郎と田部井の又八が旅人に扮して、それぞれのもとに草鞋を脱ぎ、子分たちを煽(あお)った。しかし、うまくは行かなかった。お互いに相手を倒して、縄張りを広げたいと思ってはいるが、伊三郎の力を恐れ、騒ぎを起こそうとはしなかった。このままじゃ帰れないと富五郎と又八は助八の子分の振りをして、甚助の三下奴を痛い目に会わせて引き上げて来た。

 作戦はうまく行き、助八の子分と甚助の子分は喧嘩を始めた。出入りが始まるかに見えたが、世良田(せらだ)の弥七が仲裁に入り、仲直りしてしまった。そして、甚助の三下奴を殴ったのが、助八の子分でない事も分かってしまい、富五郎と又八は伊三郎のシマに入る事を禁じられた。

「そう簡単にゃア行かねえな」と円蔵は頭を振った。

「もっと、荒っぽくやった方がいいんじゃねえですか?」と忠次は長火鉢の前で、自慢の煙管(きせる)をふかしていた。親分になって一年余りが経ち、忠次も親分としての貫録が付き始めていた。

「代貸を全員、たたっ斬るというわけにも行くめえ。何としてでも、仲間同士で殺し合ってもらわなくちゃなんねえ。特に世良田の弥七と平塚の助八、中島の甚助の三人の代貸には死んでもらわなくちゃなんねえ。その三人が消えてから、伊三郎を親分自身の手で殺(や)るんだ。そうすりゃア、伊三郎のシマは親分のもんになる」

 円蔵はそこで目を伏せると、

「ちょっと、考えさしてくれ」と言って、フラフラと外に出て行った。

 おりんは国定村の賭場で壷を振った。おりんの噂は国定村にも流れていて、あの有名なおりんがおらが村にやって来たと旦那衆は勿論の事、若い娘たちまでキャーキャー言いながら集まって来た。意外な展開に忠次は驚いたが、子分たちは若い娘たちに囲まれてニヤついていた。

「親分、あんな娘っ子を賭場に入れてもいいのかい?」と代貸の清五郎がしかめっ面で忠次に聞いた。

「たまにはいいじゃねえか。旦那衆も娘っ子に囲まれて遊ぶのを喜ぶに違えねえ。娘っ子なんざ、放っておきゃア、すぐに飽きちまうだんべえよ」

「そうか‥‥‥そうだな、こん中から第二のおりんさんが出て来るかもしれねえしな」

「まあ、無理だとは思うがな」

 娘たちは壷を振るおりんの姿を実際に見て、おりんに憧れた。髪形から着物の着方、帯の締め方、何から何まで、おりんの真似をして村を歩き回っていた。おりんが散歩に出れば、ゾロゾロと同じ格好をした娘たちがおりんの後に従った。中には本気に壷振りになりたいと、嘉藤太の家まで訪ねて来る娘もいたが、おりんは娘たちを説得して家に帰した。

 お町も例外ではなかった。おりんがよくお町の家に遊びに来たので、お町もおりんの影響を受けていた。おりんから博奕打ちの事を色々と聞いて、ちゃんとした姐さんになろうと努力しているようだった。

 国定村と田部井村がおりん旋風に巻き込まれていた頃、円蔵は一人で作戦を練っていた。決定的な作戦は思い浮かばす、取り敢えずは賭場荒らしでもしてみるかと忠次に言った。

「小せえ賭場でいいから、平塚の助八の賭場ばかりを狙うんだ。そして、そこで拾ったちょっとした物を中島の甚助の家の近くにさりげなく落として置け。見つけやすい所じゃまずいぞ。甚助の子分が賭場荒らしをやったとして、用のねえ物を捨てるような所に落とすんだ。一回で決めようと思うなよ。気長にやるんだ。焦るとまた、邪魔が入(へえ)るからな」

 清五郎、孫蔵、次郎の三人が長脇差をぶち込んで平塚に出掛け、手拭いで顔を隠して賭場を荒らし回った。一日で三ケ所の小さな賭場を荒らし、テラ銭を奪い取り、空のテラ銭箱を中島の甚助の家の裏の竹薮の中に捨てて来た。続けてやると相手も警戒して捕まる恐れがあるので、一月に一回の割りで賭場荒らしを行なった。

 年が明けて、天保三年(一八三二)になった。

 平塚の助八は中島の甚助を疑っているようだったが、表立って動く事はなかった。しかし、時々、顔を隠した連中が中島の賭場を荒らしているという噂が耳に入った。そいつらは忠次の子分ではなかった。助八の子分の仕業に違いない。お互いに相手の事を疑っているのは確かだった。後もう少しで、出入りが始まりそうだった。

「おい、今から、一暴れして来ようぜ」

 富五郎が清五郎を誘った。

「やべえから、やめるんだ」と円蔵は二人を止めた。

「平塚も中島もお互えに警戒を強めてる。今、捕まっちまったら、今までの苦労が水の泡になっまう」

「成り行きに任せろって言うんですかい?」

 富五郎が面白くなさそうな顔で円蔵に聞いた。

「賭場荒らしはしばらく中止だ。できれば、賭場荒らしをしてる助八の子分を斬る事ができれば完璧なんだか‥‥‥」

「俺たちの真似をしてる奴らをか?」

「そうだ。難しいぜ。いつ、出没するか分からねえからな。しかし、そいつがテラ銭を奪ってずらかる所をたたっ斬れば完璧だ」

「よし、そいつは俺がやるぜ」と富五郎が勇んで進み出た。

「駄目だ。おめえは顔が知られてる」と忠次が止めた。

「なに、もう三ケ月も前(めえ)の事だ。覚えちゃいるめえ」

「富、おめえはどっちに草鞋を脱いだんだ?」と円蔵が聞いた。

「ええと、助八の方です」

「そうか、平塚か‥‥‥賭場荒らしをしそうな奴に心当たりはねえか?」

「そうだな、ねえ事もねえがはっきりとは分からねえなア」

「おめえの頭じゃ無理だ」と清五郎が笑った。

「何だと? 馬鹿にするねえ。助八の子分どもはみんな、甚助の奴をやっつけてえと思ってんのよ。誰が賭場荒らしをしたっておかしかアねえんだ。助八は伊三郎が一家を張った時に子分になったんだ。奴は広瀬川一帯を自分のシマにしようと中島に攻め込んだ。ところがよお、甚助の野郎が伊三郎に頭を下げて子分になっちまった。甚助が子分になったんで、助八のシマは西に延ばす事はできなくなっちまったんだよ。甚助は広瀬川の上流へと勢力を広げて行きやがったが、助八のシマは広がらねえ。かと言って、利根川の下流の前島にゃア秀次がいるし、対岸にゃア島村の林蔵に中瀬(なかぜ)の藤十がいる。北の世良田にゃア弥七がいる。八方塞がりの助八はシマを広げる事ができねえんだ。船頭から叩き上げた助八はどうしても広瀬川一帯をシマにしてえと思ってる。甚助は邪魔なんだよ。伊三郎んとこから来てる目付役がいなかったら、助八と甚助はとっくに首の取りっこをしてるぜ」

「その目付役を叩っ斬ったらどうでえ?」と清五郎が円蔵を見た。

「そいつはできねえ」

 円蔵は首を振った。

「目付役を斬りゃア、伊三郎が必ず出て来る。伊三郎は御用聞きだ。一応、取り調べの手順てえ奴を知ってる。敵を甘く見るとこっちがやられるぜ。目付役を斬ったぐれえで、百々一家が潰されたらかなわねえ」

「それで、賭場荒らしの方は殺しても大丈夫(でえじょぶ)なんですね?」と忠次は聞いた。

「ああ、助八もてめえの子分が賭場荒らしをして殺されたなどと恥ずかしくって伊三郎には言えめえ」

「成程」

「ただな。万が一、ばれるってえ事もあるからな。殺した後はしばらく、旅に出た方がいいな」

「旅に出るったってよお、俺は上州から出た事アねえぜ」

 富五郎が心配顔をした。

「何言ってやがんでえ。おめえが殺(や)るって決まったわけじゃあるめえ。その仕事は俺がやるぜ」

 清五郎が胸を張って、富五郎の前に出た。

「馬鹿野郎、おめえは賭場の面倒を見なきゃアなるめえ。長旅なんかできねえぜ」

「何言ってやがる。おめえだって中盆じゃねえか。中盆がいなくなったら賭場は開けねえ」

「兄貴、俺にやらしてくれ」と今まで黙っていた又八が言った。

「おりんさんが来てから、壷振りの俺の仕事はなくなっちまった。文句言ってんじゃねえんだ。俺なんかより、おりんさんの方がずっとうめえからしょうがねえんだ。ただ、今、手のあいてる俺がやるんが一番、いいと思う」

「おい、又、都合のいい事言ってんじゃねえぜ。おめえは早く中盆になりてえって言ってたじゃねえか。俺が旅してる間、中盆をやれ」

 清五郎、富五郎、又八が俺がやると言い争っていると隅で控えていた甲斐(かい)の新十郎が口を挟んだ。

「その役は新参者のあっしに任せておくんなせえ。あっしなら旅なれておりやすから」

「おい、おめえ、汚ねえぞ」と富五郎が怒鳴った。

「親分、どうしやすか?」と円蔵が忠次を見た。

「そうだな」と忠次は四人を見比べた。

「助八の子分どもを知ってるのは富だけだし、腕も一番立つ。甲斐新と一緒にやってもらうのが一番、いいかもしれねえな」

「決まったぜ」

 富五郎は飛び上がって喜んだ。

「顔を見られねえようにしろよ」と円蔵は注意した。

 富五郎は月代(さかやき)を広く剃って髷(まげ)の形を変え、さらに旅の商人に扮して、新十郎と一緒に中島に向かった。忠次と円蔵も事の成り行きを見守るため百々村に移った。

 十日が過ぎ、二十日が過ぎても何も起こらなかった。

 あの二人、調子のいい事言いやがって、遊び惚(ほう)けてるんじゃねえのかとみんなで言い合っている頃、中島の賭場荒らしをした助八の子分が浪人者に袈裟(けさ)斬りにされたと噂が立った。

 円蔵自らが正確な情報を得るため、山伏に扮して中島に向かった。円蔵の調べた所によると、殺された賭場荒らしは二人組で、手拭いで顔を隠していた。二人共、長脇差の抜き身を持ったまま、一刀のもとに斬られていた。

 一人は首の付け根から胸にかけて一尺近く斬られ、もう一人は胴を真横に斬られ、臓物(はらわた)が流れ出していたという。二人の側に空っぽのテラ銭箱が転がっていた。十手を持った伊三郎が村役人と一緒にやって来て死体を調べ、見事な斬り口から、下手人は腕の立つ浪人者の仕業に違いないと結論を下した。

「富の腕なら、そのくれえの事はやれるぜ」と忠次はニヤリとした。

「うまく行ったという事だな」

 文蔵が満足そうにうなづいた。

「この後、伊三郎がどう出るかだな」と円蔵は腕組みをした。

「どっちにしろ、あっしらが疑われる事はあるめえ。奴らは浪人者の仕業だと信じてるからな」

「中島の甚助の様子はどうなんです?」

「甚助は賭場荒らしを命じたのは助八に違えねえと恨んじゃいるが、伊三郎にすべてを任せたようだ。伊三郎としても助八をこのままにして置くわけにも行くめえな。落とし前はしっかりと付けなくちゃア笑い物になるぜ」

「賭場を荒らした奴らは死んじまった。俺の知らねえ事だと助八が言ったら、それまでじゃねえのか?」

「いや、助八も黙ってはいめえ。甚助の子分たちの方が先に賭場を荒らしたと言うに違えねえ。そして、甚助の家の裏からテラ銭箱が出て来たら面白え事になる」

「まあ、じっくりと成り行きを見ていようじゃねえか」

 結果は以外な展開となった。死体が発見された次の日の夜、助八は子分たちを率いて、中島の甚助を襲撃した。予想もしていなかった突然の殴り込みに甚助は簡単に殺され、甚助のもとにいた伊三郎の目付役も殺された。助八は平塚に戻る事なく、そのまま、国を出て行った。

 怒った伊三郎は関東取締出役に訴え、助八一党はお尋ね者となって関東一円に手配書が回った。助八のいなくなった平塚には伊三郎の手作りの子分、留五郎が代貸として入り、中島は甚助の一の子分だった長平が代貸となった。

 平塚と中島は依然、伊三郎の支配下にあったが、助八と甚助の二人が消えた結果となり、円蔵の作戦は成功したと言えた。その時以後、円蔵は『軍師』と呼ばれるようになり、忠次の子分ではないが、百々一家の一員になった。

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