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2017.06.27 -
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18 なんで、こそこそ帰らなけりゃならねんだ

2008.10.09 - 侠客国定忠次一代記

 忠次一行が上州に帰って来たのは二年後の天保十一年(一八四〇)の六月だった。

 金毘羅参りをした後、美濃に戻った忠次は上州無宿の評判が悪い事が気になり、上州無宿を名乗って忠次のもとに集まって来る者たちを子分にした。子分たちに堅気の衆に悪さをするなと命じ、評判の悪い上州無宿がいると聞けば、子分たちを引き連れて、そこに出掛けて行って懲らしめた。勿論、評判の悪い親分たちも退治した。

 上州無宿の国次郎と名乗って、美濃の国内を渡り歩いているうちに子分も増え、縄張りもできた。中山道大湫(おおくて)宿(瑞浪市)の六兵衛という落ち目の親分を助けた事から気に入られ、跡目を継ぐ事になった。跡目を継ぐといっても大した縄張りではなく、子分たちを養う事もできなかった。忠次は大湫宿を拠点に縄張りを広げると共に、堅気の衆たちを助けた。日新が円蔵のように軍師の役目を立派にやり、無茶をしようとする忠次を押さえたため、無益な人殺しもせず、捕り方役人たちと面倒を起こす事もなかった。

 一年余りを美濃で過ごした忠次は、縄張りを新しく子分になった者たちに任せて、故郷へと向かった。

 忠次が田部井村に帰り、留守を守っていた子分やお町と再会を喜んでいると円蔵が百々村から慌ててやって来た。

「旦那、お帰んなさい」

 円蔵は息を切らせながら言って、笑った。

「軍師、そんなに慌てて来なくもよお、俺は消えやしねえぜ」

「いや、そうじゃねえんで。まだ、早過ぎるんでさア」

「なに、早過ぎる? 帰(けえ)って来たんが早過ぎるってえのか?」

「そうなんで」と円蔵は手拭いを出して顔の汗を拭いた。

「二年余りも旅して来たんだぜ」

「関所破りが悪かったんでござんすよ。お上を本気で怒らせちまった。旦那が帰って来たってえ噂はもう田部井と国定には広まっちまった。明日には岩鼻にも届くに違えねえ。そうなったら、代官どもは黙っちゃいねえ。八州の旦那を集めて、召し捕りにやって来るぜ」

「くそっ!」

「とにかく、ここにいちゃア危ねえ」

「また、旅に出ろってえのかい?」

「いや。まず、村の衆に旅に出たってえ噂を流して、どこかに隠れる事だ」

「よお、俺んちはどうでえ?」と千代松が円蔵を見た。

「そうだな、五目牛(ごめうし)辺りなら大丈夫(でえじょぶ)かもしれねえ」

 忠次は再び、旅支度に身を固め、お町を連れて五目牛村に移った。

 千代松の家は大きく、忠次とお町が隠れるには充分だった。千代松は前のかみさんと別れ、新しいかみさんを貰っていた。子供もいたが、かみさんと一緒に出て行ったという。

 新しいかみさんはお徳といい、玉村宿の小料理屋で働いていた。主人と喧嘩して店を追い出され、知り合いの世話で千代松の家の女中になった。曲がった事が大嫌いの気の強い女だが、優しい面もあり、一緒に暮らしているうちに千代松は惚れてしまった。やがて、二人の関係がかみさんにばれ、千代松は困ったが、お徳にかみさんを追い出さなければ、あたしが出て行くと言われて、かみさんと子供を追い出したという。上品なお町とは違って、まさしく、姐さんと呼ぶのにふさわしい鉄火肌な女だと忠次は思った。

 千代松の家で、忠次は円蔵から留守にしていた二年間の事を聞いた。

 代貸が一遍に三人もいなくなってしまったので、当初は大変だったが、中盆を代貸に昇格して何とか乗り越えた。二年間の間に子分もかなり増え、縄張りは安泰だという。

「茂吉の野郎と組んで、文蔵を捕まえた木崎の左三郎の奴は放っておいたのかい?」

「奴の事は大丈夫だ。殺す程の事はねえ。奴は茂吉が殺されてから、自分も殺されるんじゃねえかと恐れていやがる。頼みもしねえのに、木崎宿に八州の旦那がやって来る度に、風(情報)を送って来るようになったぜ」

「へえ、奴がかい」

「八州様の居場所を教えてくれるだけじゃねえ。色んな情報を流してくれる。八州様が旦那の事をまだ、諦めちゃアいねえってえのも、奴が知らせてくれたんだ。奴はてめえの命を張ってまで、旦那を捕まえるような度胸はねえ。殺すのはいつでもできるからな、今の所は利用した方がいいだんべえ」

「成程な‥‥‥ところで、道案内になった助次の方はどうなんでえ?」

「奴はもう落ち目だ。栗ケ浜の半兵衛親分の子分たちに伊勢崎から追い出されてからというもの、奴の縄張りは伊与久と木島だけだ。代貸だった周吉も殺され、子分たちも減っちまって昔の勢いはねえ」

「奴が俺を売るってえ事はねえだんべえな?」

「そんな度胸はねえよ。奴の回りの茂呂(もろ)には孫蔵、保泉(ほずみ)には久次郎、武士(たけし)には民五郎、下植木には浅次郎、神谷には喜代松と睨みを利かしている。下手な真似をしたら潰されるのは目に見えてる。奴ももう年だ。無茶な事はするめえ。最近、助次郎から助右衛門てえ名を変えたらしいぜ」

「助右衛門か‥‥‥そういやア、奴はうちの御隠居より年上だったな。御隠居の具合はどうなんでえ?」

「達者なもんだ。去年、お嬢さんを堅気んとこに嫁に出してな、お嬢さんの花嫁姿を見ながら御隠居さんは泣いてたぜ。こんなにも長生きできるとは思ってもいなかったってな」

「そうか、お糸ちゃんが嫁に行ったのか。そいつはよかったなア」

「旦那は三室の勘助を知ってましたね?」と円蔵は不意に話題を変えた。

「ああ、知ってるが‥‥‥勘助がどうかしたんかい?」

「かなり荒れてるらしいぜ」

「どういうこったい?」

「三室は旗本の久永様の御領地で、勘助は久永様の代官所の役人として真面目に働いていたようだ。この間の飢饉の時は村人のために年貢を軽くしてもらおうと江戸まで行ったんだが取り合っちゃアもらえなかったらしい」

「勘助が村人のためにか‥‥‥」

「らしいな。しかも、飢饉の最中、勘助の子供が三人も続けて疫病(えきびょう)で亡くなっちまったそうだ。村人のために働いたのに村人からは口先だけで何もできねえと責められ、カッと来たんだんべえなア。奴は長脇差を振り回して大暴れしたそうだ。幸い、怪我人もでなかったんで表沙汰にはなんなかったが、女房子供は出て行ってしまい、勘助は無宿者にされちまった。隣りの小斉(おざい)村に妾がいたらしくてな、奴はそこに移った。毎日、酒浸りで八寸村の七兵衛親分の賭場に出入りし始めたらしい。たまたま、小斉村の代官が勘助の幼馴染みだったらしくてな、その代官のお陰で、八州様の道案内になりやがった」

「勘助が道案内になったんか?」

「ああ。十手を振りかざして、あくでえ事をしてるらしいぜ。勘助は板割の浅の伯父貴だからな、浅んとこに行っちゃア小銭をせびってるらしい」

「兄貴も情けねえ野郎になりやがった」

「奴は世の中を恨んでる。何をするか分かんねえ。旦那が帰って来た事を知りゃア、八州様にたれこむ可能性は充分にあるぜ。気を付けた方がいい」

「あまり目障りなようなら、消しちまえ」

「まあ、今んとこは様子を見てるぜ。あんな野郎を殺して、また、うちの子分が晒し首にでもされたらかなわねえ」

「まったくだ。これ以上、子分たちを晒し首にゃアさせねえぜ」

「言うのを忘れてたが、清五郎が足を洗いましたぜ」

「えっ、清五が堅気になったんか?」

「旦那が関所破りをやったと聞いて、もう付いて行けねえと言ってな。旦那が帰って来るまで待ってくれって引き留めたんだが駄目だった。文蔵はいなくなっちまったが、清五郎は千代松、富五郎と国定一家の四天王だ。そんな代貸に簡単に足を洗われたら、子分たちに示しが付かなくなっちまう。代貸たちを集めて、何とか考え直してくれって説得したんだが、清五郎はみんなの前で指を詰めて、去って行っちまった」

「奴が指を詰めたんか‥‥‥今、何してるんでえ?」

「織子(おりこ)たちを使って元機屋(もとばたや)をやってる」

「そうかい。堅気になっちまったのかい」

 忠次は子分たちの家に隠れながら、二十九日の文蔵の三回忌に三ツ木村に墓石を立てると、また旅に出た。日新以外の従者を変え、下田中村の沢五郎、上田(かみだ)村の吉三郎、田部井村の喜助、そして、野州(やしゅう)の角太郎を連れて行く事にした。

 角太郎だけは忠次が留守の間に三下になった奴で、つい最近、忠次の代わりに円蔵から盃を貰って子分になっていた。野州(栃木県)の大久保村から平塚の念流の道場に修行に来ていたが、渡世人の世界に憧れ、忠次の噂を聞いて三下になったのだという。若いが腕が立つというので、円蔵が連れて行けと勧めた。

 忠次一行は旅の商人姿となり越後方面へと向かって行った。

 

 

 それから一年半が過ぎた。

 忠次たちは越後から東北方面を旅して回り、信州野沢の湯で旅の疲れを取っていた。

 忠次はお滝に文蔵の事を告げなければならないと重い足取りでやって来たが、お滝はすでに、文蔵が晒し首になった事を知っていた。庭の片隅に文蔵のためにお地蔵さんを立てて、毎日、冥福(めいふく)を祈っていた。

 忠次は喜助を上州に戻して、円蔵と連絡を取り、来年の正月は故郷で過ごせる事を願った。円蔵からの返事は、国定村、田部井村、百々村に近づかず、村人たちに見られないように、こっそり帰って来れば大丈夫だという。

「こそこそ帰(けえ)るのかよお」

 忠次は不満そうに言った。

「村の者たちだって、俺を売るような奴はいねえはずだぜ」

「軍師にそう言ったんですけど、村の者たちは旦那が帰って来ると大喜びして、あっという間に帰って来た事が知れ渡ってしまうから、駄目だって」

「まだ、八州の役人どもは俺を捕まえる気でいやがるのか?」

「旦那が有名になり過ぎちまったから、目の敵(かたき)にしてるって軍師は言ってました」

「へっ、有名になるってえのも大変(てえへん)なこった」

「これだけ有名になると普通は八州様から十手を持たないかって声が掛かるそうです。でも、関所を破ってしまったため、それができねえ。だから、目の敵にして、旦那をどうしても捕まえようとしてるらしいです」

「ふん。誰が二足の草鞋なんか履くか。そんな筋の合わねえ事ア、俺は殺されてもやらねえぜ」

 忠次は円蔵の言葉通り、こっそりと上州に帰り、五目牛村の千代松の家に隠れた。お町を田部井村から呼び寄せ、正月を久し振りに故郷でのんびり迎えようとした。

 忠次の帰りを待っていた大久保一角という浪人者がいた。野州の大久保村から伜を捜しに出て来たという。伜というのは忠次と旅をしていた角太郎だった。

 一角は大久保村で剣術道場をやっていた。伜に跡を継いでもらうため、平塚の道場に送ったが、知らないうちに道場をやめて博奕打ちになったと聞き、慌てて、連れ戻しに来たという。

 忠次は角太郎を呼んで、親父と一緒に帰れと言ったが、角太郎はうなづかなかった。

「俺が言うのは何だが、無理やり連れて帰ったとしても、また、逃げ出しちまうんじゃねえですかい?」

「多分な」と一角もうなづいた。

「わしもな、こんな格好をしてるが本物の侍じゃねえんだ。しがねえ山伏なんじゃよ。親父の奴はわしに跡を継がせたかったらしいが、わしはうちを飛び出して剣術を習い、道場を開いた。親父に逆らったわしの伜が、わしに逆らうのも無理はねえ。伜が博奕打ちになったと聞いて、わしはすっ飛んで来たんだが、おめえさんの一家の厄介になってるうちに、だんだんと考えが変わって来たようだ。おめえさんの子分たちはみんな、よくできてる。おめえさんに会ってみて、よく分かった。伜の事はおめえさんに預ける事に決めたよ」

「お父、すまねえ」

 角太郎は父親に頭を下げた。

「この渡世に入ったからには男を磨くんだぜ。中途半端で逃げ戻って来ても、うちには入れてやらねえぞ」

「はい‥‥‥」

 伜の事を諦めた一角だったが、故郷に帰ろうとはしなかった。忠次を待っている間に博奕の面白さを知ってしまい、一緒に連れて来た右京という山伏と一緒に賭場を巡って遊んでいた。

 今年最後の境の暮市も無事に済み、村々を巡っていた八州様も江戸に帰って行った。円蔵が各地の道案内たちに御歳暮を配り、忠次は田部井村の我が家に帰った。

 何事もなく、新年を迎えられるかに思えたが、年の瀬も押し迫った頃、事件が起きた。

「大変(てえへん)だ。民五郎の兄貴が殺されちまった」と飛び込んで来たのは武士村の秀五郎だった。

「民が殺されただと?」

 忠次には信じられなかった。今時、忠次に逆らう者がいるとは考えられなかった。

「一体(いってえ)、誰がやりやがったんでえ?」

「玉村の主馬の野郎です」

「何だと? あの野郎、まだ、この辺りにいやがったんか?」

「へい、どこかに隠れてたらしくて‥‥‥」

 山王道の民五郎は柴宿の賭場のカスリを取りに行った帰り、馴染みの居酒屋で酒を飲んでいた。そこに子供がやって来て、『おときさんが渡し場の所で待っている』という言伝を伝えた。

 おときというのは柴宿の豆腐屋の娘で、民五郎に惚れていた。民五郎もおときの事が嫌いではなかったが、相手は堅気の娘なので言い寄られて来ても、まだ手を付けてはいなかった。その晩、おときに呼ばれて、酒に酔っていた事もあり、思い切って、おときを嫁に貰おうと考えながら、連れていた子分を残して、一人で渡し場に向かった。しかし、渡し場に行っても、おときの姿はなく、首をかしげている所を後ろから不意に斬られた。

「くそっ!」と長脇差に手を掛けて振り返ると、そこにいたのは杖を突いた主馬とその子分たちだった。

 民五郎は怒りに燃え、主馬を目がけて得意の居合抜きをしたが、背中の傷が以外に深く、思うように長脇差を抜く事ができなかった。簡単にかわされ、主馬の三人の子分になます斬りにされた。さらに首を斬られて胴体もバラバラにされ、胴体は利根川に捨てられた。生首を持った主馬は連取(つなとり)村の質屋、源兵衛の店に押し入り、十五両を脅し取って行ったという。

 忠次は秀五郎に子分たちを集めろと命じ、喧嘩支度をして、又八と次郎を連れて百々村に向かった。円蔵は民五郎の仕返しは子分たちに任せて、忠次が行くのはまずいと止めたが、忠次は聞かなかった。

「主馬の野郎は俺が留守だと思って、民を殺しやがったんだ。そんな奴を放っておいたら、縄張りを守っちゃいられねえ」

「それは分かる。主馬はどうしても殺らなきゃなんねえ。だが、今、玉村に乗り込んで行っても、奴は隠れちまってるに決まってる。奴を捜し回ってるうちに捕まっちまうぜ。まず、奴の居場所を突き止める事が先決だ」

 忠次は円蔵の意見に従い、ひとまず、田部井村に帰った。年内に片を付けようと思っていたが、年の暮れは主馬の行方はまったく分からなかった。

 年が明けると田部井村には代貸たちが全員、忠次に挨拶するために集まって来た。

 彼らは忠次が一家を張った十二年前の子分や三下奴たちで、当時、十六、七だった三下奴も今では代貸となり、何人もの子分を持つ親分になっていた。久し振りに勢揃いした代貸たちを眺め、忠次はニコニコしながら酒を飲んでいた。しかし、その中に文蔵、才市、友五郎、民五郎の四人がいないのは悔しかった。

 三室の勘助がやって来たのは四日だった。

 前歯が抜け、頬に醜い傷痕があり、人相がすっかり変わっていた。薄汚れた着物を着て、懐から十手を覗かせている。

「よお、景気いいようじゃねえか」

 勘助は家の中を覗きながら、縁側に腰を下ろした。

「何しに来たんでえ?」と又八が怒鳴った。

「新年の挨拶に決まっていべえ。親分さんは年中、旅に出てるからよお、八州様のいねえ正月くれえしか顔を拝めねえ。久し振りだぜ」

「大変だったらしいな」と忠次は穏やかに言った。

「何だと? 何が大変だったってえんだ?」

 勘助は腹を立てて、忠次を睨んだ。

「色々さ」

「ふん、偉そうな口を利くねえ。てめえの命だって、そう長くはねえんだぜ。他人の事より、てめえの事を心配(しんぺえ)する事だ。まあ、この俺に任せておきゃア悪(わり)いようにはしねえがよ」

 忠次は勘助に小判を五両、包んでやった。

「さすが、物分かりのいい親分さんだぜ。困った事があったら、何でも相談に来ねえ」

 勘助は鼻歌を歌いながら機嫌よく帰って行った。

「旦那、あんなにやったら癖になりますぜ」

「なあに、俺たちがこの渡世に足を踏み入れたのも、勘助がいたからだ。あの頃の勘助は粋(いき)だったぜ。みんなして兄貴の真似をしたもんだ‥‥‥あんなに変わり果てちまった勘助にゃア会いたくなかった」

 その翌日、ようやく、主馬が姿を現した。忠次が逃げ回っているので子分たちも意気地がないと安心したのか、玉村宿の女郎屋に入って行ったという。

 忠次は子分の中から二十人の者を選んで、玉村に送り込み、忠次自身は四人の子分と一緒に柴宿の居酒屋で子分たちが主馬を連れて来るのを待っていた。

 明け方一番の渡し舟で主馬は連れて来られ、啓蔵の家の土蔵に閉じ込められた。その夜、雪の散らつく中、忠次立ち会いのもと民五郎が殺された場所で、主馬はなます斬りにされ、首を斬られて利根川に捨てられた。

 主馬の死体は発見されず、主馬の子分たちは逃げてしまい、主馬がいなくなったと騒ぐ者もいなかった。お陰で、忠次の凶状が増える事はなかった。しかし、関東取締出役が忠次をやっきになって捕まえようとしているのは事実だった。

 老中水野忠邦の天保の改革が始まり、贅沢とみなされる物はすべて禁止された。無宿者や博奕打ちに対する取締りも強化され、臨時の関東取締出役が二十六名も加えられた。極悪人の忠次を捕まえれば出世は確実だと、皆、血眼(ちまなこ)になって忠次を捜し回っている。飯盛女のいる木崎宿と玉村宿は居心地がいいとみえて、誰かが必ず滞在していた。

 七草が過ぎ、八州様が玉村に着いたとの知らせを受けると忠次はしばらく、赤城山に隠れる事にした。初めの頃、山の中に隠れているくらいなら、旅に出た方がましだと考えていたが、暇つぶしに山の中をうろつき回っていた時、ふと、数年前、大前田の栄五郎が言った言葉がよみがえって来た。

 忠次は中腹の眺めのいい場所から下界を見下ろし、一人で大笑いすると、さっそく、円蔵を山に呼び寄せた。

「何ですって? お山開きん時に、お山のてっぺんに各国の親分衆を集めて盛大な賭場を開くんですかい?」

「そうだ。関八州は勿論、この間の旅で世話になった親分衆をみんな呼んで、盛大な賭場を開帳するんだ」

「お山のてっぺんじゃア、八州様も来ねえだろうが、客がそんなにも集まるんかのう」

「集まらなきゃア集めりゃいい。何(なん)にもしねえで、山ん中に隠れてたんじゃ面白くもねえ。山ん中にいても、忠次は親分衆を集められるってえとこを八州の役人どもに見せつけてやりてえのよ」

「そうだなア。ここらで派手な祭りをやらねえ事にゃア、子分たちも腐っちまうな。旦那のために絶対に騒ぎは起こすなって強く言ってるからな」

「お山のてっぺんに賭場を開くとなりゃア準備は大変だ。山開きの前に山に登らなくちゃなんねえ。まだ、雪があるかもしれねえしな。けどよお、やるだけの値打ちはあるぜ」

「よし、やってみようじゃねえか」

 うまい具合に栄五郎が帰っていた。

 忠次は大胡まで行って、栄五郎に相談した。栄五郎は忠次の顔を見ると驚いたが、喜んで話に乗って来た。

「おめえは山ん中に隠れてろよ」と言うと円蔵と打ち合わせをするため、さっさと百々村へと出掛けて行った。

 山開きの賭博の準備で子分たちが忙しく駈け回っている最中の三月十一日、御隠居の紋次が突然、倒れ、そのまま亡くなってしまった。

 百々村の経蔵寺で盛大な葬式を行なったが、八州様が道案内を引き連れて、寺の回りをうろうろしていたため、忠次は参加する事ができなかった。忠次は赤城山中から、紋次の冥福を祈った。

 大前田栄五郎、上総屋源七、福田屋栄次郎と旅で名を売って来た三人の大親分の協力もあって、山開きの前日には各国から、子分を引き連れた親分衆がぞろぞろと赤城山麓に集まって来た。これだけの親分衆が一ケ所に集まる事は二度とないだろうと、噂を聞いた旅人や博奕好きの堅気の衆まで、続々と赤城山目指して集まって来た。

 当然、八州様も事前に情報を得ていたがどうする事もできなかった。博奕をするために集まって来た事は知っていても、取り締まる相手が多すぎた。しかも、場所は山の頂上、一緒に山に登って行って、現場を押さえる事は可能だが、その後、生きて帰れるという保証はまったくなかった。

 忠次は赤城山の頂上で世話になった親分たちの賭場を巡り、得意になっていた。自分だけの力ではないにしろ、子供の頃から慣れ親しんでいる赤城山に名の売れた親分たちが集まってくれた事に感激していた。渡世は違うが、テキ屋の親分たちも参加してくれ、賭場の回りには露店が並び、登山客も例年の倍以上に上った。

 山開きの賭博は大成功だった。しかし、目の前で忠次の力を見せつけられた関東取締出役の吉田左五郎らは絶対に忠次を捕まえて、晒し首にしてやると玉村の女郎屋で赤城山を睨みながら、やけ酒を食らっていた。

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