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2017.08.21 -
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12 うるせえ、たたっ斬ってやる

2008.08.10 - 侠客国定忠次一代記

 去年の日照り、今年の長雨と不作が続き、とうとう暴動が起こった。

 赤城山麓の百姓たちが武器を手にして伊勢崎方面に押し寄せて来たのだった。各村々では若者組を中心に自警団を作って村を守った。

 忠次も子分たちを率いて縄張り内の村を守った。国定村と田部井村も暴徒に襲われたが、その数は少なく、追い払う事ができた。しかし、境宿は危険だった。伊勢崎町で暴れ回っている暴徒が勢いに乗って境になだれ込んで来るに違いなかった。

 十手を持った伊三郎も大勢の子分を引き連れて境を守るためにやって来た。

「おいおい、おめえらは百々村でも守ってろ」

 槍をかついだ助次郎が鼻で笑いながら忠次に言った。

「そうはいかねえ。堅気の衆を守るんが俺たちの務めだ」

「へっ、生意気(なめえき)言うんじゃねえ。それっぽっちの人数で何ができるって言うんでえ。境の事は俺たちに任せて、さっさと帰(けえ)んな」

「何だと‥‥‥」

 文蔵が長脇差を抜きそうになった。

 円蔵が素早く止めに入った。

「助次さん、おめえさんは木島村を守らなくてもいいんですかい? ここに来る前(めえ)に奴らは木島を通るんですぜ」

「うるせえ、今から行くところでえ」

「早く行かねえと手遅れになりますぜ」

「おい、文公、命は大事(でえじ)にしろよ」

 大笑いしながら、助次郎は子分を連れて木島村に向かった。

 伊三郎たちと喧嘩している場合ではないので、忠次たちも百々村に移った。百々村でくい止めれば境は安全だった。

 からっ風の吹きすさぶ中、忠次たちは道を塞いで、命に替えても暴徒たちを通さないと覚悟を決めた。勢い付いた暴徒を食い止めるには並大抵の事では無理だった。まず、相手の出端をくじくような事をしなければならない。鉄砲の名人である八寸(はちす)の才市の鉄砲で脅かし、弓矢も用意して待ち構えた。三下奴たちを伊勢崎に送り、状況を把握しながら待っていたが、幸いにも暴徒が押し寄せて来る事はなかった。伊勢崎の酒井家の侍たちの活躍で、富豪たちが蔵の中の米を施して騒ぎを静め、同調していたならず者たちを残らず捕まえたらしかった。

 翌年は天候が順調だったので暴動騒ぎは起こらずに済んだが、忠次の身の上には重大事件が起こった。

 天保五年(一八三四)六月、祇園祭りの準備のため世良田に行った文蔵と民五郎が騒ぎを起こしてしまったのだった。

 去年の祇園祭り以来、忠次は弥七の所にちょくちょく出入りしていた。時には弥七のために、おりんやお辰を出張させた事もあった。祭りの前にも袖の下を持って挨拶に出向いたので、すっかり安心して、現場の事は文蔵に任せていた。

 文蔵は民五郎と三下を連れて去年と同じ場所に小屋掛けするつもりで出掛けて行った。しかし、そこには、すでに伊三郎の代貸、前島の秀次の賭場ができていた。文蔵は文句を言ったが、盆割りは毎年、変わるもんだと笑われた。弥七の子分を見つけて、百々一家の賭場はどこだと聞いて、案内された所は境内の外れで、人が集まるような場所ではなかった。

「おい、おめえ、俺たちをおちょくってんのか?」と文蔵は弥七の子分に食って掛かった。

「俺は何も知らねえ。この図面通りにやってるだけだ」

「へっ、おめえじゃ話になんねえ。弥七んとこへ案内(あんねえ)しろ」

 弥七は社務所にいた。文蔵が文句を言うと済まねえと謝った。弥七は去年と同じ場所を指定したが、伊三郎が盆割りを変えてしまったという。

「祇園の盆割りは俺が任されていて、親分は目を通すだけなんだ。去年はいいと言ったんだが、今年はすっかり変えちまった。俺にゃアわけが分かんねえ。この埋め合わせは後でしっかりとさせてもらうから、今回のとこは、まあ我慢してくれ」

「我慢しろだと? あんな場所に賭場を開いて客が来ると思ってんのか? うちの親分を笑い物にしてえんだな。そっちがその気なら、こっちも覚悟を決めるぜ」

 弥七に詰め寄った時、文蔵は後ろから思い切り蹴飛ばされた。

「盆割りに文句があるってえのかい?」

 後ろで誰かが怒鳴った。

「この野郎!」と文蔵が起き上がろうとするとさらに蹴飛ばされた。

 長脇差を抜く暇もなかった。二人に押さえ付けられ、文蔵はめちゃくちゃに殴られた。殴られながら文蔵は弥七が、

「彦さん、やめてくれ」と言っている声を聞いていた。

 彦さんというのは伊三郎の手作りの子分で、武士村の惣次郎が殺されてから大黒屋の賭場を任されている小島の彦六に違いなかった。

「親分が決めた盆割りに口を挟むたア許しちゃおけねえ」と彦六が言うのを聞きながら、文蔵は気を失った。

 気が付くと腫れ上がった顔の民五郎が泣きながら、文蔵を揺すっていた。

 やかましいセミの鳴き声が頭に響いた。文蔵は顔を上げると、

「おい、みんな、大丈夫か?」と声を掛けた。

 皆、傷だらけだったが、どうやら生きていた。

 文蔵は口の中の血の塊を吐き出すと、

「くそっ! もう我慢できねえ」と祇園の森を睨んだ。

「親分が何と言おうと伊三郎の野郎、たたっ斬ってやる。それと彦六のくそったれ野郎も許せねえ」

 文蔵たちはやっとの思いで百々村に帰ると忠次に事の成り行きを説明した。

「軍師、今度ばかりは止めても無駄だぜ」

 忠次は声をあらげて言った。

「ここまでされちゃア、もう黙っちゃいられねえ。伊三郎の首は必ず取るぜ」

「そう来なくっちゃアいけねえや」

 文蔵は腫れた顔を冷やしながら、嬉しそうにうなづいた。

「しかしな、どうもおかしいぜ」と円蔵は首をひねった。

「何がおかしいってんでえ?」

「伊三郎のやった事さ。親分衆の顔色を一番気にしてる伊三郎が去年、一番人気だった親分の賭場を境内の外れに置くなんて考えられねえ。去年、伊三郎は器のでっけえ親分だと褒められたんに、今年、そんな事をしたら、去年の評判はがた落ちだぜ。いくら、親分の事が気に入らねえからって、そんな大人気ねえ事をするとは思えねえ」

「軍師はそう言うがよお、弥七ははっきりと伊三郎が変えたって言ったんだぜ」

「どうも腑に落ちねえ。おめえを殴ったのは彦六だって言ったな?」

「ああ、俺は面まで見なかったが、民がはっきりと見た。大黒屋の彦六に間違えねえ」

「彦六と言やア、伊三郎が最も可愛いがってる子分だ。おりんの調べたとこによると、彦六は十七の時、伊三郎の子分になって、ずっと伊三郎のそばにいたらしい。本家内では伊三郎の跡目を継ぐとまで言われてる。ただ、伊三郎に忠実過ぎて、分家筋の代貸たちにゃア評判よくねえ。分家筋に評判がいいのは代貸の林蔵だ。林蔵は伊三郎の弟分で、伊三郎が一家を張った時の最初の代貸だ。元々は本家筋の代貸だったが、伊三郎が十手を持って御用聞きになってから、体面を重んばかって分家にしたんだ」

「軍師、一体(いってえ)、何が言いてえんだ?」

 忠次はイライラしながら聞いた。

「伊三郎がどうして、うちの賭場を隅っこにしたかを考えなくちゃなんねえ」

「そいつはよお、伊三郎の奴は境に彦六を送り込んで、境を乗っ取ろうとしてるに違えねえからでえ」

 文蔵は顔を冷やしていた手拭いを円蔵の前に放り投げた。

「かもしれねえな。おめえたちが彦六に仕返しをするのを待ってんのかもしれねえ。彦六を餌(えさ)にして、あっしたちが騒ぎ出したら、取っ捕まえるってえ魂胆だな」

「彦六の野郎なんか放って置いてよお、伊三郎の奴を殺(や)っちまえば捕まる事もねえぜ」

 文蔵は首を斬る真似をした。

「まあ、待て。今、伊三郎を殺ったとして、島村一家がどうなるかを考えなくちゃなんねえ。島村一家が潰れるなら伊三郎を殺した方がいいが、伊三郎がいなくなっても島村一家が健在だったら、逆に百々一家が潰されちまうって事だ」

「そんな事ア、やってみなけりゃ分かんねえじゃねえか」

「分かんねえじゃ済まねえぜ。おめえたちは簡単に伊三郎を殺すと言うがな、相手は十手持ちなんだぜ。そいつを殺してただで済むと思ってんのかい? 必ず、手配が回り、手配された連中はしばらく帰って来られなくなるんだぜ。その間に留守を守ってる者がやられちまったら、おめえたちは帰る所もなくなっちまうんだ。その辺の所をよーく考えてから行動に移さなくちゃなんねんだよ」

「軍師の言う事は分かるが、このまま、黙ってたら、百々一家は笑い物になっちまうぜ」

 忠次は眉間にしわを寄せ、拳(こぶし)を固く握り締めた。

「文蔵が半殺しの目に会ったんは、賭場の準備に来てた奴らに見られてんだ。子分たちは帰って、てめえの親分に事の成り行きを知らせたはずだ。みんな、この俺がどう出るか期待して見てるに違えねえ。子分をこんな目に会わされて何もしなかったら、俺は意気地なしだと笑われちまう。御隠居に会わせる顔がねえぜ」

「確かにな‥‥‥しかし、彦六の野郎がどうも臭えぜ。彦六が伊三郎内緒でショバを変えたのかも知れねえ」

「彦六なんか、どうだっていい。真相をつかんで彦六の野郎を殺したって、伊三郎が生きている限り、百々一家は潰されちまう。こうなったら、伊三郎を殺るしかねえんだ」

「そうだな。今がやるべき時なのかもしれねえ。大前田の栄五郎親分も久宮の親分を殺って名を売った。親分もいつかは伊三郎を殺らなきゃなんねえ。今がそん時なのかもしれねえ」

「今が絶好の機会だぜ。今を逃したら、また、何年もこのままの状態で我慢し続けなきゃアなんねえ」

「うーむ、よし、分かった。伊三郎を殺るってえ事で作戦を立てようじゃねえか。絶対に失敗しねえようにな」

 忠次は世良田の祇園祭りに参加した。

 文蔵が盆割りにケチを付けた事を弥七に謝り、来年はもう少しいい場所を貰えるように伊三郎に頼んでくれと下手(したて)に出た。忠次としてはそんな真似はしたくはなかったが、伊三郎を殺すためには仕方がなかった。忠次が伊三郎に逆らって祇園祭りに参加しないと、伊三郎が忠次を警戒してしまうからだった。

 忠次はなるべく目立たないように、女壷振りも連れて行かずに、ひっそりと隅っこで賭場を開いた。伊三郎の子分たちに出会えば、ぺこぺこ頭を下げ、来年はもっといい場所をお願いしますと頼み、去年、贔屓(ひいき)にしてくれた親分衆が来て、伊三郎の事を悪く言っても、去年は伊三郎が先代の親分の顔を立ててくれただけですと自分を卑下(ひげ)した。

 その年の祭りでは忠次の事は話題にも昇らず、去年のおりんに対抗して、各地から集まって来た女壷振りが話題になった。どの女も甲乙付けがたい別嬪(べっぴん)で、今年の祭りは華やかだった。特に木崎宿の孝兵衛親分が連れて来た昇り竜のお初は注目の的だった。目の覚めるような別嬪で、しかも背中に見事な昇り竜の刺青(ほりもの)をしていた。島村の養蚕長者の弥兵衛が孝兵衛の賭場に通い詰め、お初の刺青に大金を賭けて勝ち、お初を裸にして全身の刺青を拝んだというのが今年一番の話題となった。

 世良田の祇園祭りが終わり、境の祇園祭りも終わり、七月の最初の絹市が二日に立った。忠次は伊三郎襲撃をその晩と決めていた。

 伊三郎は市の立つ日、必ず、大黒屋と桐屋に見回りに来る。そして、平塚道を途中から分かれ、中島に出て、利根川を舟で渡って島村に帰るのが、いつもの決まりだった。しかし、今晩は、世良田の長楽寺で日待ちの博奕が開かれる事になっていた。世良田の顔役たちが集まる博奕で、伊三郎は必ず、挨拶に赴くはずだった。いつもなら、日の暮れる前に島村に帰ってしまうが、日が暮れてから始まる博奕に顔を出すからには暗い夜道を行く可能性が強かった。

 忠次は伊三郎襲撃に、三ツ木の文蔵、曲沢の富五郎、山王道の民五郎、八寸の才市、神崎の友五郎、甲斐の新十郎、板割の浅次郎の七人を選んだ。

 伊三郎の用心棒、永井兵庫という浪人者を倒すには飛び道具がどうしても必要だった。そこで鉄砲の名人である才市、弓の名人の新十郎、手裏剣の名人、文蔵を入れ、念流の使い手、富五郎と居合抜きの民五郎、神道流(しんとうりゅう)を使う友五郎、槍を使う浅次郎を選んだ。他にも連れて行ってくれという者は大勢いたが、伊三郎を殺した後、伊三郎の子分たちが百々村を襲撃した場合の事も考えなければならなかった。日光の円蔵を中心に、国定の清五郎、五目牛の千代松、保泉の久次郎、田部井の又八らに襲撃に備えさせ、留守中の事も頼んだ。

 その日、伊三郎に顔を知られていない国定の次郎と鹿安(しかやす)こと鹿村の安次郎を偵察に送り、伊三郎の動きを見守った。

 伊三郎が大黒屋に現れたのは昼過ぎだった。供回りはいつもと変わらず、用心棒の永井兵庫、子分の中瀬の信三郎と荷物持ちの三下奴が二人だった。特に警戒している様子もなく、一行は大黒屋に入って行った。大黒屋に半時(はんとき)程いてから桐屋に移った。

 桐屋に入ったと鹿安が知らせに来ると忠次は二人づつ組ませて、平塚道から世良田の長楽寺へと向かう道の途中にある高岡村(北米岡)の熊野神社へと送った。

 六人を送り出した後、忠次と文蔵は賭場が開かれている伊勢屋に移り、伊三郎が桐屋を出るのを待った。

「伊三郎の奴は本当に世良田に行くんだんべえか?」と文蔵が心配顔で忠次を見た。

「軍師は必ず、行くと言ったが分からねえ。行かなかったら、次の機会を待つしかねえ」

「くそったれが、あの用心棒さえいなかったら、いつでも片付けられるのにな」

「ああ、かなりの使い手だ。噂じゃア、かなり凶暴な奴らしいな」

「伊三郎の用心棒だ。まともな奴じゃあるめえ」

 伊三郎は桐屋に一時(いっとき)余りもいた。忠次と文蔵はちびりちびり酒を飲みながら、伊三郎が移動するのをじっと待った。

 伊三郎が桐屋を出て、横町の島屋に入ったと鹿安が知らせて来たのは日暮れ近くだった。伊三郎はそこで腹拵えしてから、長楽寺に向かうようだった。

「やったぜ」と文蔵は拳を振り上げて喜んだ。

「伊三郎の命も後わずかってわけだ。たっぷりと名残の飯でも食っておくこったな」

 忠次と文蔵も伊勢屋を出て、熊野神社に向かい、伊三郎を待ち伏せする態勢を整えた。挟み打ちにするため、富五郎、才市、友五郎、新十郎の四人を熊野神社の森の中に待機させ、残る四人は平塚道の近くまで出て、伊三郎がやって来るのを待った。

 日が暮れてから人通りも途絶えた。空を見上げると月はないが星が輝いている。桑畑に隠れて虫の音を聞きながら、うるさい蚊を追い払い、忠次らはじっと待った。

 一時近く経った頃、提灯(ちょうちん)をぶら下げた伊三郎の一行がようやくやって来た。予想通り、伊三郎らは平塚道から世良田へと向かう道に曲がった。用心棒の永井兵庫は酔っ払っているのか、フラフラした足取りで下手くそな木崎節を歌っていた。

 一行が目の前を通り過ぎて行くのを見送ってから、忠次らは伊三郎の後を追った。

「やい、伊三郎、待ちやがれ!」と文蔵が怒鳴った。

 伊三郎が立ち止まって、振り返った。

 と同時に鉄砲の音が鳴り響き、永井兵庫が倒れ、

「卑怯だぞ、てめえら誰だ!」と叫んだ。

 新十郎の放った矢が中瀬の信三郎に刺さった。

 三下たちが悲鳴を上げて逃げようとしたが、民五郎と浅次郎が道を塞いだ。

 三下の持っていた提灯が民五郎の居合抜きに斬られて、真っ二つに割れた。

「おめえは忠次だな」と伊三郎は言ったが、文蔵が投げた手裏剣をいくつも腹に受け、苦しそうに身を屈めた。

「こんな事してただで済むと思ってんのか?」

「うるせえ、てめえの知った事か、たたっ斬ってやる」

 忠次は長脇差を抜いて伊三郎に掛かって行った。

 伊三郎は左足を後ろに引いて、忠次が振り下ろした長脇差を避け、腰の脇差を抜こうとしたが間に合わなかった。背を向けた格好となった伊三郎の首筋から背中に掛けて、忠次は思い切り、長脇差を振り下ろした。

 低いうめき声と共に伊三郎は崩れ落ち、首から血があふれ出した。

「親分、やったぜ」

 文蔵が長脇差を振り上げたまま、ゆっくりと伊三郎に近づくと蹴飛ばしてみた。

 忠次は倒れている伊三郎を見つめながら、しばし呆然としていた。

 脳裏には八年前の殺しがよみがえり、また、やっちまったと胸の中に重苦しい物を感じていた。

「おーい、みんな、大丈夫か?」

 文蔵の声で我に返って、辺りを見回した。

 伊三郎以外の者は逃げたとみえて、誰も倒れていなかった。

 浅次郎が伊三郎の三下から奪った提灯を照らした。伊三郎は体を震わせながら何事かを言っていたが、それは言葉にならなかった。

「何が言いてんでえ。最期の望みとやらを聞いてやるぜ」

 文蔵が伊三郎の口元に耳を近づけた。伊三郎は唸りながら左手を伸ばしただけで、ガクリと事切れた。

「死にやがった」と富五郎が言った。

 文蔵は俯いている伊三郎の死体をひっくり返すと腹に刺さった手裏剣を引き抜いた。

「へっ、ざまア見やがれ」

 文蔵は血だらけの手裏剣を伊三郎の着物で拭った。

「伊三郎の奴は何が言いたかったんだんべえ」と友五郎がぼそっと言った。

「そんな事ア知るけえ。妾の面倒でも俺たちに頼みたかったんじゃねえのか?」

 文蔵が冗談を言ったが誰も笑わなかった。

 忠次の子分たちに怪我を負った者はいなかった。

 用心棒の永井兵庫は才市の鉄砲に撃たれたが、致命傷には至らず、さらに富五郎がどこかを斬ったが逃げられてしまった。

「手ごたえはあった。逃げたとしても命はそう長え事はねえぜ」

 富五郎が長脇差の血を拭いながら言った。

 中瀬の信三郎は新十郎の弓矢にやられ、友五郎が止(とど)めを刺そうと追いかけたが泥田の中を逃げられた。三下奴のうち一人は浅次郎の槍で刺したが、これも致命傷にはならずに逃げられ、もう一人は提灯を切られた後、すぐに泥田の中を逃げて行ってしまった。

 伊三郎を殺せば後の者たちはどうでもいいと忠次たちは百々村へは戻らず、広瀬川に沿って武士村に出て、そこから北上して叔父御である八寸村の七兵衛の家に向かった。

 七兵衛は忠次らが伊三郎を殺して来たと言うと目を丸くして、

「何じゃと、伊三郎を殺(や)っただと? とうとう、殺っちまったのかい?」と忠次の顔をじっと見つめた。

 忠次がうなづくと、

「そうかい、伊三郎を殺っちまったのかい‥‥‥こいつは大変(てえへん)な事になったぜ」と腕組みをして宙を睨んだ。

「そこで、叔父御に頼みなんだが、留守の事をお願えしてえんだ。伊三郎の子分どもが百々村に殴り込みを掛けやがったら、助けてやってくだせえ」

「おう、そんな事なら任せときねえ」と七兵衛は胸を叩いた。

「それにしてもよお、やるならやるで、何で、わしに一声掛けてくんねんだ、水臭えじゃねえか。わしも一緒にやるつもりだったんだぜ」

「叔父御、こいつは俺たちの喧嘩だ。叔父御を巻き込むわけにゃアいかねえ」

「そうか‥‥‥伊三郎の奴もとうとう、くたばっちまったか‥‥‥」

 七兵衛の所で旅姿に着替えた一行は二手に分かれ、夜明け前に旅立った。

 忠次、文蔵、民五郎、浅次郎の四人はお伊勢参りに行く糸繭(いとまゆ)商人の若旦那一行に扮して信州へと向かった。勿論、若旦那は忠次で、文蔵は番頭、と民五郎と浅次郎は手代だった。

 富五郎、友五郎、新十郎、才市の四人は行商人に扮して、友五郎の故郷下総(しもうさ)(千葉県)へと向かった。

 忠次一行を見送った七兵衛は子分を引き連れて百々村へ向かった。円蔵たちは伊三郎の襲撃に備え、喧嘩支度のまま、一睡もせずに起きていた。伊三郎襲撃が成功した事を知ると、円蔵は子分たちに祝い酒を配り、気を引き締めて、殴り込みに備えた。が、いつになっても殴り込みはなかった。

 島村一家は伊三郎の仇を討つどころではなかった。本家の彦六と代貸の林蔵が跡目を狙って争い始めた。それぞれの代貸のもとに送られていた目付役は彦六を勝たせるために本家に集まり、林蔵を倒す準備を始めた。

 平塚の留五郎は助八が甚助を殺して旅に出た後、本家から送られて代貸になっていた。留五郎が彦六の味方をするために子分を引き連れて本家に行くと、その留守を狙って、中島の代貸、長平が平塚を襲撃して留五郎の子分たちを追い出してしまった。

 長平とすれば、伊三郎が消えた今こそ、縄張りを広げ、独立する絶好の機会だと平塚を我が物にしたが、そううまくは行かなかった。彦六と留五郎は林蔵を後回しにして、平塚を攻め、長平を殺した。さらに中島まで攻め、長平の子分たちを追い出した。

 彦六と留五郎は平塚と中島を手に入れ、いい気になっていた。しかし、その頃、林蔵が本家を攻めていた。傷を負って寝ていた永井兵庫と信三郎は林蔵の子分に殺された。

 長平を殺した留五郎は、

「一人殺しても二人殺しても同じだ。林蔵の野郎をぶっ殺してから旅に出るぜ」と島村へ向かった。

 留五郎は林蔵を殺したが、林蔵の子分どもに囲まれて殺された。

 結局、彦六は島村には帰れなくなり、平塚を本拠地にし、島村は林蔵の子分、川端の大次郎が居座り、利根川を挟んで睨み合いの状況が続いた。

 身内同士の争いを見かねて世良田の弥七が仲裁に入った。

「親分の葬式も済んでねえのに、身内同士で殺し合いを始めるたアどう言う事だ。死んだ親分に合わす顔がねえぜ。ここんとこは仲直りして、島村一家を立て直そうじゃねえか」

 弥七はそう言って、双方をなだめた。

 その頃、伊三郎殺害の件で八州(はっしゅう)様と呼ばれる関東取締出役(しゅつやく)の吉田左五郎が木崎宿に来たため、彦六と大次郎の争いも休戦となった。

 弥七が左五郎に取り入り、伊三郎殺し以後の中島の長平と島村の林蔵殺しは平塚の留五郎の仕業で、留五郎も殺されてしまった。やくざ者同士の争い事なので、一々、表沙汰にしないで欲しいと頼んだ。袖の下を受け取り、納得した左五郎は島村一家の内輪揉めには目をつぶり、伊三郎を殺害した者として、忠次と文蔵の二人を手配した。

 伊三郎が殺されてから十一日後の七月十三日の事だった。

 当時、八州様にとって、忠次の名は無名に等しく、八州様の道案内だった伊三郎を殺したとしても、所詮、やくざ者同士の争い事だと、それ程、本気になって捕まえようとはしなかった。八州様から見れば、上州一の勢力を持っていた伊三郎が殺されたというのは喜ばしい事で、さらに、その子分たちが殺し合いを始め、有力な子分たちがいなくなるというのは願ってもない事だった。

 左五郎は一応、百々一家にも取り調べに現れ、円蔵が応対に出た。円蔵は何も知らない、ちょっとした事が原因で喧嘩になったのだろうと答えた。左五郎は百々一家の縄張りを聞き、境宿の一部だけだと知ると無茶な事をしたもんだなと笑って帰って行った。

 左五郎は木崎宿の孝兵衛の経営する旅籠屋に滞在しながら村々を廻っていた。国定村、田部井村にも行ったが、村人たちは忠次なんか知らないと言い通した。五日ばかり木崎宿に滞在した左五郎は取り調べを終えて、玉村宿へと移って行った。

 八州様がいなくなると、島村一家の内部抗争は再燃した。

 彦六の弟分、尾島の貞次が世良田の弥七を殺して、旅に出てしまった。弥七には野心がなかったが、彦六は弥七が島村一家の跡目を狙っていると思い、殺してしまったのだった。

 弥七の一の子分、茂吉が伊三郎を殺した百々一家に助けを求めて駆け込んで来るという奇妙な結果となった。円蔵はどうすべきか迷ったが、助けてくれと頼って来た者を追い返すわけにも行かなかった。円蔵は子分を引き連れて世良田村に向かった。

 百々一家が世良田の茂吉と組んだ事に腹を立てた彦六は裏切り者の茂吉を倒そうと抗争外にいた中瀬の藤十、前島の秀次に連絡を取った。ところが、本家のやり方を快く思っていなかった二人は今後、島村一家から抜けて独立すると言って来た。木島の助次郎と柴の啓蔵にも応援を頼んだが、二人も彦六に反感を持っていたため断って来た。助次郎と啓蔵も独立し、後ろ盾を失った助次郎は境から逃げ出して木島村に帰って行った。

 円蔵は誰もいなくなった桐屋と大黒屋の賭場を取り戻し、境宿は以前のごとく、百々一家の縄張りとなった。

 伊三郎がいなくなった事により、島村一家は分裂し、島村は大次郎、平塚河岸と中島河岸は彦六、世良田村は茂吉、中瀬河岸は藤十、前島河岸は秀次、柴宿は啓蔵、木島村は助次郎と小さな一家がいくつもできた。それらの一家に比べれば境宿を手に入れた百々一家は一番勢力のある一家にのし上がったと言えた。

 忠次と文蔵は手配中の身となったが、伊三郎殺しがこんなにもうまく行くとは円蔵でさえ考えの及ばない事だった。忠次には持って生まれた運がある。まだまだ、大きくなれると強く確信した。

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