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2017.03.28 -
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14 兄弟分の仇は討たなきゃならねえ

2008.09.01 - 侠客国定忠次一代記

 柴宿の啓蔵の子分が血相を変えて駈け込んで来たのは、八月の玉村八幡宮の祭りが終わった頃だった。玉村の主馬(しゅめ)が啓蔵の首を狙っているから助けてくれと言う。

「軍師、主馬ってえのは何者なんでえ?」

 忠次は首をひねりながら円蔵に聞いた。

「兄弟(きょうでえ)の博奕打ちでな、兄貴は京蔵といって、五月頃、五料宿の常蔵親分を殺して国越えしてるはずだ。弟の主馬が五料に居座ってるとの事だが、今度ア柴宿を狙って来たようだ」

「玉村と言やア、佐重郎親分のシマだ。その兄弟ってえのは親分の身内なのかい?」

「あっしにもその辺の事はどうもなア」

 珍しく、円蔵が首を傾げた。

「玉村の事なら民(たみ)が詳しいぜ」と、すでに長脇差(ながどす)を腰にぶち込み、喧嘩支度の文蔵が言った。

 山王道の民五郎を呼んで聞いてみると確かに詳しかった。

 民五郎の叔父が以前、玉村一家の子分だった事があり、民五郎は叔父の影響でこの世界に足を突っ込んだ。叔父がいた頃の玉村一家とは、古くから玉村宿を仕切っていた一家で、親分は藤五郎と言った。藤五郎は十年も前に亡くなってしまったが、跡目を実力のある代貸に譲らずに、自分の伜、京蔵に譲ったために一家は分裂してしまった。

 藤五郎には孫六、佐重郎、常蔵という三人の勢力を持った代貸がいた。孫六は京蔵の後見役として本家に残ったが、佐重郎と常蔵は子分を引き連れて独立した。常蔵は五料宿に帰って一家を張り、佐重郎は玉村で別の一家を張った。

 佐重郎は角万(かくばん)屋という女郎屋の主人だったため、角万一家と呼ばれた。後に関東取締出役の道案内として十手を持ち、佐重郎は本家をしのぐ程の勢力となった。大勢の子分たちも集まり、逆に本家の方は落ち目となって、玉村の親分と言えば佐重郎の事で、京蔵の存在は話題にもならなかった。それでも、京蔵は玉村八幡宮の祭礼賭博の盆割りの権利を持っていた。毎年、祭りの時だけは玉村一家の親分として晴れ舞台に立った。しかし、子分が少ないため、各地から来た親分衆の世話をする事ができず、佐重郎の力を借りなければならなかった。京蔵としては分家の佐重郎が玉村宿を仕切っているのは面白くなかったが、岩鼻の代官とも親しい佐重郎に逆らう事はできなかった。また、京蔵の後見役の孫六が京蔵と弟の主馬を押さえていたため、表向きはうまく行っていた。

 ところが、去年の末、孫六は病死してしまった。京蔵と主馬兄弟に毒殺されたのではとの噂も立ったが、結局は病死という事で処理された。邪魔者が消え、京蔵兄弟は死んだ伊三郎のシマを狙って動き始めた。まず、今年の五月、常蔵を殺して五料宿を手に入れ、そこを拠点に島村方面に勢力を伸ばすつもりでいた。

「てえと、奴らが次に狙ってんのは柴宿だってえ事だな?」と円蔵が民五郎に聞いた。

「多分。啓蔵のシマを手に入れて、島村や平塚までも手に入れよおって都合のいい事を考えてるんじゃねえですか」

「京蔵の子分てえのは、どの位(くれえ)いるんだ?」

「十人から二十人てとこでしょ。そのうち、四、五人は京蔵と一緒に国越えしてます。大(てえ)した事アねえですよ。俺が行って追っ払ってやります」

「佐重郎親分は黙って見てるのかい?」と忠次が聞いた。

「本音を言やア、京蔵なんかやっつけてえんでしょうけど、先代の親分さんは堅気の衆に人気がありましたからね。その伜を倒すのは気が進まねえんでしょう。兄弟が玉村から島村の方に出てってくれりゃア、文句はねえでしょう」

「八幡様の盆割りの権利を持ってりゃア、それなりの稼ぎはあるだんべえに、どうして、そんなにシマを広げてえんだ?」

「祭りん時は各地の親分さんが集まって来るけど、京蔵は親分さんたちを招待する程の顔じゃねえ。佐重郎親分、五料宿の常蔵親分、京蔵の後見の孫六さんがいたから、親分たちも集まって来たんです。今年は常蔵親分も孫六さんもいねえし、京蔵もいねえ、一応、主催者は主馬だったが、実際、祭りを仕切ってたのは佐重郎親分です。テラ銭の分配までは知らねえけど、ほとんど、佐重郎親分に持ってかれちゃうんじゃねえんですか」

「成程な‥‥‥京蔵はまず勢力を広げてから、佐重郎親分と対決するつもりなんだな」

 円蔵は忠次を見ながらうなづいた。

「奴は俺の事を知らねえのかい?」と忠次は苦笑した。

「奴らが利根川を越えて来るようなら、許せねえぜ」

 忠次は文蔵と民五郎に五人の子分を付けて柴宿に送った。

 文蔵たちは主馬の子分どもを柴宿から追い出し、啓蔵は忠次に頭を下げて、再び、百々一家の傘下に入った。文蔵は引き上げ、民五郎は主馬の動きを押さえるために柴宿に残った。

 忠次を恐れたのか、その後、主馬が柴宿にやって来る事はなかった。忠次としては佐重郎の膝元で騒ぎを起こす気はなく、利根川を越えるなと命じたが、民五郎は調子に乗って、玉村宿の女郎屋に出掛けてしまった。その帰りに五料宿の居酒屋で酒を飲み、いい気分で靱負(ゆきえ)の渡し場に出た所を主馬の襲撃を受けた。かなり酔っ払っていて、得意の居合抜きをする事もできずに滅多打ちにされた。一緒にいた三下奴が河原の石を投げながら、大声で叫んだため、人が集まって来て、主馬らは逃げて行った。

 民五郎がやられた事を聞くと忠次は、

「くそったれ野郎が、許しちゃおけねえ」と怒ったが、円蔵は、

「短気をおこしちゃいけねえよ」とたしなめた。

「今、殴り込みを掛けりゃア、向こうの思う壷だ。大っぴらに事を起こしゃア佐重郎親分も敵に回しちまう。玉村の隣りにゃア岩鼻の代官所があるんだぜ」

「子分がやられても黙ってろって言うのかい? そんな事をしたら、俺はみんなから笑われちまう」

「そうじゃねえ。今はまずいと言ってんだ。主馬のような小物を相手に親分が騒ぐ事もねえ。敵がこっちを甘く見て、油断した所をやっちまえばいいのよ。民五郎の傷が治ったら、奴に誰か付けてやらせりゃいい」

「主馬を殺るのか?」

「そうだ。今頃、玉村じゃア民五郎がやられた事が噂になってるだんべえ。主馬は親分が出て来る事を予想してるに違えねえ。そこんとこを裏をかいて、親分は何にも知らねえ事にして、民五郎と主馬の喧嘩にするんだ。そうすりゃア民五郎が主馬を殺して、国越えしたところで、やくざ者同士の喧嘩という事で片が着くんだ」

「成程‥‥‥」

「佐重郎親分としても、その方が都合がいいはずだぜ」

「そうだな、親分には世話になってるからな」

「そうさ、佐重郎親分だって、おめえさんを捕めえたくはあるめえ」

 十日後、傷の治った民五郎は、甲斐の新十郎と富塚の角次郎を連れ、行商人に扮して玉村宿に向かった。

 民五郎が寝込んでいる間に、円蔵は足の速い国定村の次郎を連れ、山伏姿になって主馬の近辺を調べあげていた。円蔵が思った通り、主馬は喧嘩支度をして忠次らを玉村宿で待ち受けていた。しかし、いつになっても忠次が来ないので、忠次なんか大した事はねえ、臆病者だと見くびり、五料宿に舞い戻って来ていた。主馬には妻子はいないが、身受けした女郎を妾(めかけ)として玉村に囲っていた。

 民五郎らは玉村宿に着くと、主馬の妾の家を見張った。妾の家は表通りから引っ込んだ所にあり静かだったが、右も左もくっつくように家が並び、手っ取り早くやらないと騒ぎ出す恐れがあった。三人は交替しながら見張り、主馬が帰って来るのを待った。

 運よく、その日の夜遅く、流行り歌を口ずさみながら、主馬は御機嫌で帰って来た。逸(はや)る気持ちを抑え、虫の音を聞きながら半時(はんとき)程待った頃、突然、大粒の雨が勢いよく降って来た。こいつはたまらんと三人は家の中に飛び込んだ。

 雨の音がうるさくて、三人が侵入したのも気づかず、主馬と妾は激しく抱き合っていた。長脇差を抜いて民五郎が近づくと、妾が気づいて悲鳴を上げた。主馬も顔を上げると、

「てめえら、汚ねえぞ」とわめき、枕を投げ付けてきた。

 民五郎は枕を避けたが、主馬は布団まで投げ付け、そのまま、突進して来た。

 不意をつかれて、民五郎は布団と主馬の下敷きにされた。

 民五郎を押し潰している主馬を目がけて、新十郎と角次郎は長脇差を斬りつけたが、以外にも主馬はすばしっこく、致命傷を与える事はできなかった。三人が主馬を追いかけているうちに、妾は大声を上げながら逃げてしまった。

「やべえ、早く片付けろ」

 民五郎は主馬の足を目がけて斬り付けた。

 素っ裸の主馬は悲鳴を上げながら倒れると暴れ回った。新十郎が止(とど)めを刺そうとしたが逃げられ、肩先を斬っただけだった。

 主馬は血だらけになりながらも部屋中を転げ回り、手当たり次第に物を投げ付けて来た。

 角次郎が突進して行ったが、右腕を斬っただけで首を落とす事はできなかった。

 いつの間にか雨がやみ、外が騒がしくなり、三人は慌てて逃げ出した。

「止めは刺せなかったが、あれだけの傷だ。生きちゃアいめえ」と民五郎は忠次に報告した。

「とにかく、しばらくの間、旅に出ろ。折りを見て、玉村の親分と話を付ける」

 民五郎、新十郎、角次郎の三人は甲州へと旅立った。

「軍師、主馬のいなくなった五料宿はどうする?」と忠次は聞いた。

 すぐにでも文蔵を送って、シマ内に組み込むつもりでいたが、円蔵は慎重だった。

「あそこを手に入れるのはもう少し様子を見た方がいいな。あそこにゃア関所がある。あの宿場は役人どもが幅を利かしている。下手に手を出すと火傷(やけど)をする恐れがあるぜ。頃合いを見て、京蔵に殺された常蔵の身内を見つけ出して、代貸に立ててやった方がよさそうだな」

「頃合いを見てか‥‥‥」

「奴らのお陰で、柴宿が手に入(へえ)ったんだ。二度と裏切らねえように、柴から境までをしっかり固める事が先決だ」

「なあに、伊三郎はもういねえんだ。啓蔵の奴も裏切る事はあるめえ」

「いや、今のままじゃ安心できねえ。今回は頭を下げて来たが、腹ん中じゃ何を考えてるか分からねえ」

「確かに軍師の言う通り、奴は本気じゃねえ。だがな、奴にゃア俺に逆らう程の度胸はねえぜ」

「そりゃそうだが、蓮沼から柴までの街道筋を啓蔵に任せる事アねえ。奴の下にいる馬見塚(まみづか)の左太郎、蓮沼の菊三郎、韮塚の梅次、堀口の佐助の四人を啓蔵の配下から外し、代貸にして、それぞれの村を任せてやるんだ。そうすりゃア、奴らは啓蔵と同じ立場になる。啓蔵が裏切ろうとしても同意はするめえ」

「そいつはいい手だ。さすが軍師だぜ。旅から帰って来たら民五郎を山王道に、角次郎を富塚に置きゃア柴方面は万全だぜ。ところで、木崎の左三郎の弱みは見つかったかい?」

「あくでえ事はしてるがな、そんな事くれえじゃ奴を封じ込める事はできねえ。泣き所と言やア養子に迎えた亀吉だが、まさか、ガキをさらうなんて汚ねえ真似はできねえしな。もう少し、調べさせてくれ」

「役人や御用聞きをうまくあしらうのは軍師に任せるぜ。その辺の事は俺にゃアどうも苦手だ。軍師がいてほんとに助かってるぜ」

「親分がそんな細けえ事を気にする事アねえ」

 結局、主馬は死ななかった。右足を失い、左手は思うように動かす事もできなかったが、一命を取り留めた。五料宿は忠次には絶対に渡さないと、傷だらけの体で頑張っているという。忠次は子分たちに五料宿には近付くなと命じた。

 その年の十月、文蔵の妹、おやすが忠次の子分、上中村の清蔵と祝言(しゅうげん)を挙げた。文蔵は妹は堅気の所じゃなきゃ嫁にはやらねえと言い張っていたが、みんなに説得されて、ようやく折れた。忠次とお町が仲人となり、二人は目出度く夫婦(めおと)になった。

 清蔵は忠次に憧れて、百々一家に入り、一度、裏切った柴宿の啓蔵のもとで三下修行を積んだ。啓蔵が裏切った時も啓蔵には従わずに百々一家に残った。忠次が跡目を継いだ時、忠次から盃を貰って、正式な子分となり、今では佐野屋の賭場で中盆を務めていた。なかなかの男前で、気は強いが気立てのいい、おやすとは似合いの夫婦と言えた。

 年が明けて、天保七年(一八三六)となった。

 境の初市が立つ七日は、市の神様である天王様の御輿(みこし)が町中を練り歩く『寄市(よせいち)祭り』と呼ばれる祭りが賑やかに行なわれた。祭りを見るため、晴れ着に着飾った大勢の人が集まり、賭場も大盛況だった。今年も春から縁起がいいと喜んでいた二日後の昼前、泥まみれになった男が息を切らせて、百々一家に飛び込んで来た。

 男は信州野沢の与吉と名乗り、親分に急用なので仁義は省かせてくれとやっとの思いで言った。普通なら、そんないい加減な奴は追い返してしまうのだったが、今にも倒れそうな必死な形相は、信州から休まずにやって来たのに違いないと、応対に出た久次郎は文蔵に知らせた。

 文蔵が顔を出すと、

「兄貴、長兵衛さんが殺されちまった」と与吉は泣き崩れた。

 信州で世話になった茅場(かやば)の長兵衛が中野の原七(はらしち)に殺されたという。文蔵は三下奴を田部井村にいる忠次のもとに走らせ、与吉を家に上げた。

 忠次は長兵衛を知っている浅次郎を連れて飛んで来た。

「おい、与吉、長兵衛が殺されただと? 詳しく聞かせろい」

 家に上がるなり、忠次は叫んだ。

「原七の野郎がまた野沢に攻めて来やがったんか?」

「野沢は大丈夫だ」と文蔵が渋い顔をして答えた。

 忠次は部屋の中を見回したが円蔵、文蔵、清五郎、千代松がいるだけで、与吉の姿はなかった。

「与吉の奴はどうしたんでえ?」

「あの野郎、休まず、雪山を越えて来やがった。俺に言いてえ事を言ったら、ぶっ倒れちまったぜ」

「そうか、雪山を休まずやって来たんか‥‥」

「頼りねえ野郎だと思ってたが、なかなか骨のある野郎だ」

「それで、何があったんでえ?」

「野沢の事は関係ねえ。原七の奴もお篠さんはとうに諦めて、新しい女子(おなご)と暮らしてるとよ」

「野沢は関係ねえか‥‥‥そいつはよかった」

「親分、そろそろ、お篠さんに会いたくなったんじゃねえのかい?」

「何を言ってやんでえ。おめえこそ、お滝に会いたくなったんじゃねえのか?」

「いいなア」と千代松がうらやましそうに言った。

「俺も国越えしてよお、よそに女子を作りてえぜ」

「おめえら何を言ってるんだよお。今は女子の事を話してる時じゃねえぜ」

 清五郎が口を挟んだ。

「そうだ。長兵衛は何で殺されたんでえ?」

 忠次は顔を引き締めて、文蔵を見た。

「縄張り争いがからんでるらしいな。それに去年の恨みもあったんだんべえ。湯田中に遊びに行った帰(けえ)りに待ち伏せをくらって殺されたらしい」

「殺されたんは長兵衛一人だったんか?」

「いや、もう一人やられた。長兵衛と同じ源七親分の子分だが、俺たちの知らねえ奴だ」

「与吉の奴も一緒だったんかい?」

「いや、与吉は野沢にいた。長兵衛の子分が次の日に知らせに来て、初めて知ったんだ。そして、親分に仇を取ってもらおうと雪山を越えてやって来たというわけだ」

「殺されたんはいつの事でえ?」

「四日だ」

「五日前(めえ)か‥‥‥」

「源七親分がもう片を付けたかもしれねえな」と円蔵が初めて口を出した。

「かもしれねえ」と忠次も同意したが、

「しかし、兄弟分が殺されて黙ってるわけにゃアいかねえ」ときっぱりと言った。

「そうだ、原七の奴は許せねえ」と文蔵も力強く言って、円蔵を見た。

「軍師、今度ばかしは止めても無駄だぜ。すっとぼけて、兄弟分の仇も討たねえなんちゅう噂でも立てられたら、この稼業はやってられねえ」

「止めやしねえよ」

 円蔵は珍しく反対しなかった。

「ただな、親分が信州で原七とやらを斬っちまったら、当分の間、帰って来られなくなっちまうんが心配(しんぺえ)なんだ。せっかく、これからシマを広げようって大事(でえじ)な時に、親分が国越えしてたら、何が起こるか分かんねえ」

「それなら大丈夫(でえじょぶ)だ」と言ったのは千代松だった。

「親分にゃア絶対にやらせねえ。俺が原七を斬って国越えするぜ」

「おい、千代松、誰がおめえを連れて行くと言った。おめえにゃア留守を守ってもらわなきゃ困るぜ」

「そりゃねえぜ、親分。俺だってよお、たまにゃア旅をしてえぜ。軍師と清五がいりゃア留守は大丈夫だ。それに、富だっているしよお」

「民と甲斐新と角の三人だっていねえんだぜ」

「千代松、親分を絶対に戻してくれると誓うなら、留守は俺たちで何とかする。軍師、それでいいだんべえ?」

「そうだなア‥‥‥源七親分の手前、親分が行かなくちゃアなるめえ。文蔵と千代松、絶対に親分の長脇差を抜かせるんじゃねえぜ」

 文蔵と千代松は力強くうなづいた。

「早く戻って来て下せえよ」

 円蔵は念を押すように忠次に言った。

 忠次は文蔵、千代松、八寸村の才市、保泉村の宇之吉、新川(にっかわ)村の秀吉、下植木村の浅次郎、神谷村の喜代松、磯村の豊吉の八人と野沢から来た与吉を引き連れて信州に向かった。五人づつ二組に分かれ、武器を隠して商人姿に身をやつし、大戸と狩宿(かりやど)の関所は抜け道を迂回して、鹿沢(かざわ)から雪の角間(かくま)峠を越えて信州に出た。真田から上田に出て千曲川に沿って北上し、善光寺の門前の権堂(ごんどう)村の上総屋に向かった。

 源七は忠次が来るのを待っていた。しかし、原七はすでに捕まり、江戸送りとなっていた。源七が子分たちに命じて捕まえ、中野の代官所に突き出したのだった。

「おめえが来るのは分かってた。だが、おめえの凶状を増やしたくはねえんでな、取っ捕まえて、役人にくれてやったぜ。悪く思わねえでくれ」

 源七はそう言って、忠次の肩をたたいた。勢い込んで駈けつけて来た忠次たちは気が抜けたが仕方がなかった。源七の歓迎を受け、忠次たちは三日間、権堂村でのんびり過ごした。

 権堂村は善光寺の花街で女郎屋がずらりと並んでいた。勿論、上総屋にも綺麗所の女郎が揃っている。千代松を初め、一緒に来た子分たちは鼻の下を伸ばしながら、女郎たちに囲まれて、たっぷりと異郷の正月を楽しんだ。

「畜生め、国越えなんて言いながらよお、親分と文蔵はこんないい思いをしてやがったのか。まるで、極楽だぜ」

 千代松は女郎の酌を受けながら、鼻の下を伸ばして幸せそうに酒を飲んでいた。

「おい、ここの事は故郷(くに)に帰ったら絶対に内緒だぜ」

 忠次も文蔵も子分たちに釘を刺した。

 四日目の朝、忠次と文蔵は野沢の湯に向かい、他の者たちは故郷に帰した。しかし、千代松は親分を連れて帰らなければ、軍師に会わす顔がねえと言って、一緒に行くと言い張った。忠次は千代松の言い分に負け、一緒に来いと言ったが、才市たちが帰ってしまうと、山の中の湯治場に行ってもつまらねえから、俺はここで待ってるぜと馴染みとなった女のいる女郎屋にさっさと行ってしまった。

「あの野郎、最初っから、ここに残る魂胆だったぜ」と文蔵が笑った。

「たまにはいいさ。奴はかみさんがおっかなくて、故郷じゃ女郎屋通いもできねえ。こっちとしても、奴が一緒じゃねえ方が都合がいい」

「それもそうだな」

 二人は半年振りに野沢へと向かった。

 野沢は雪で埋まっていた。お篠の宿屋の庭の雪かきをしていた与吉が、二人を迎えると慌てて宿屋の中に入って行った。

 お篠とお滝の二人が顔を出した。笑顔に迎えられると思っていたが、二人の女は膨れっ面だった。

「随分、遅かったじゃないのよ」

 お滝が文蔵を睨んだ。

「与吉、てめえ、余計な事を言いやがったな」と文蔵は鉾先(ほこさき)を与吉に向けたが、

「人のせいにするんじゃないよ」とお滝の言葉はきつかった。

「しょうがなかったんだ。源七親分に引き留められてな」と忠次が言った。

「女郎屋通いしてたんじゃないだろうね?」

 お滝はきつい目をして文蔵を睨んでいた。

「そんな事アしちゃアいねえ。親分も俺も早く、こっちに来たかったんだが、子分たちも一緒だしな。そんな我がままはできなかったんだよお」

「話は後でゆっくり聞くわ」

 お滝はフンと首を振って引っ込んだ。

「待ってくれよお」

 文蔵はお滝の後を追って行った。

 滑稽(こっけい)な文蔵を眺めながら、お篠は笑った。お滝程、お篠は怒っていないようだった。

「与吉が帰って来てから、ずっと待ってたのよ」

「すまねえ。文蔵の言った通りだ。どうしようもなかったんだ」

「分かってるわよ。分かってるけどね、ちょっと困らせてみたかったのよ。お滝さんだって、嬉しくってしょうがないのよ。本当はすぐに飛び出して行きたかったんだけど、じっと我慢して、怒った振りしてたのよ」

「何でえ、芝居(しべえ)かよ」

「甘い顔を見せるとすぐに調子に乗るんですって」

「そいつは言えるな」

 お滝は旅芸人だった。体の調子を崩し、野沢にフラッと湯治に来て、文蔵と出会った。年寄りしかいねえと腐っていた文蔵はお滝を見て一目で惚れてしまった。必死に口説いて何とかものにし、忠次たちのように夫婦気取りでいたのだった。忠次と文蔵が上州に戻る事になった時、お滝はお篠の宿屋に移り、お篠を手伝っていた。

 忠次と文蔵は温泉に入ってのんびり過ごした。

 お篠の話によると、野沢村は相変わらず貧しく、正月だというのに餅(もち)も食えない者もあったという。円蔵に早く帰って来いと言われていたが、そんな話を聞いて黙ってはいられない。かと言って、以前のように中野の賭場を荒らせば、源七親分に迷惑を掛けてしまう。何かいい手はないものかと二人は湯に浸かりながら考えていた。そんな時、千代松がひょっこりやって来た。

「いやア、参ったぜ。凄え雪だな。行き違えにならなきゃいいがと心配(しんぺえ)してたんだ」

 千代松はほっと胸を撫で下ろすと、湯の中に入って来た。

「おお、いい湯だ。体が生き返(けえ)るぜ」

「どうしたんでえ、女子に振られたんか?」と文蔵がニヤニヤした。

「そうじゃねえ。銭がなくなっちまったんだ。いつまでも、源七親分の世話になってもいられねえしな」

「まだ、銭がなくなるには早えぜ」

「ちょっと、賭場に顔を出してな」

「へっ、旅先で銭目当ての博奕はするなって親分に言われてたんべえ」

「おう、だから、気前(きめえ)よく負けてやったのよ」

「何を言ってやがる」

「それにしても、ここは何にもねえとこだな。よくこんなとこに一年もいられたもんだ」

「おめえと違ってよお、俺たちは酒と湯がありゃ、後は何もいらねえのよ。浮世の事をさっぱり忘れて、雪を眺めながら、のんびりしてんだ」

「もう充分、のんびりしたんべえ。そろそろ、帰るべえよ」

「ところがな、そうもいかなくなっちまった。一仕事やらなきゃなんねえ」

「何でえ、一仕事たア?」

「人助けよ。貧しいこの村の連中に食い物を与えるんだ」

「何だと? 江戸で評判になった鼠(ねずみ)小僧でもやんのかい?」

「馬鹿言うな。俺たちゃ盗っ人じゃねえ」

「じゃア、何すんでえ?」

「それを今、考えてるとこだ」

 千代松が野沢に来る途中、飯山にあくどい高利貸(こうりがし)がいるという事を聞いた。そいつを一丁こらしめてやれと三人はさっそく、飯山に向かった。噂を聞けば、余程の悪人らしい。一応、博奕打ちの親分として一家を張っているが、子分は五、六人の小さな一家だった。

「同じ渡世人ならやりやすいぜ」

 文蔵はニヤリとした。

 三人は古着屋に寄って、旅の渡世人姿になると、高利貸の家に乗り込んだ。

 仁義も切らずに長脇差を抜き、

「おい、てめえら、堅気の衆を苦しめるたア、渡世人の恥っさらしだ。たたっ斬ってやるから覚悟しやがれ」と文蔵が威勢のいい啖呵(たんか)を切った。

 殴り込みだと騒ぎ出した子分どもを簡単に片付け、親分を脅して百両を巻き上げた。その金で米を買って帰りたかったが、まごまごしてると捕まる恐れがあるので、ひとまず、引き上げた。

 翌日、与吉を飯山にやって様子を探らせるとあの後、近所の者たちが押し寄せ、気絶していた高利貸や子分たちを袋だたきにして、金品をすべて奪い取って行ったという。

「それで、高利貸どもはどうしたんでえ?」

「その夜、どっかに逃げてったらしいですよ」

「情けねえ野郎だ。しかし、うまく行ったな」

「喜んでばかりもいられねえぜ」と忠次は厳しい顔をした。

「どうしてでえ?」

 千代松が不思議そうに聞いた。

「俺たちもああならねえように気を付けなくちゃなんねえ。堅気の衆も怒らすと怖えって見本だ。常日頃から、堅気の衆は大事にしとかなくちゃなんねえって事よ」

「うむ‥‥‥」

 文蔵も千代松も忠次を見ながらうなづいた。

「奴らがここに乗り込んで来る事はなさそうだ。さて、そろそろ帰るか」

 高利貸から奪った百両を村のために使ってくれとお篠に預け、三人が百々村に帰ったのは正月も晦日(みそか)になっていた。

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